

“おこぜ”の暖簾をくぐると、壁のメニューにはふんだんな海の幸。
「ここは、福島県近海の魚をそろえた居酒屋!」と思いきや、店主の中潟 千春(なかがた ちはる)さんがテーブルに並べてくれたのは、山盛りの“まい茸”や見たこともないキノコの数々、干した小鮒と鮠(はや)、そして、ドーンとパワフルな肉の塊り!
思わず絶句する筆者とカメラマンに、中潟さんは「してやったり!」とばかり表情をほころばせます。
用意された野趣あふれる食材は、すべて中潟さんが目利きして選んだもの。とりわけ、天然もの特有の濃厚な香りをただよわせるキノコは、毎週日曜日に安達太良の山中へ入り、人跡未踏の深い森の中で見つけて来るそうです。
切り立った断崖や険しい沢も多く、これまで幾度も命を落としかけたとか。
「全国からいらしてくれるお客様に、福島の本物の味を知ってほしいからね」
そう言って中潟さんが調理にかかった肉塊は、地元の猪(いのしし)牧場で手に入れた、極上の“猪肉”でした。
いやはや、唖然呆然というか、度肝を抜かれたというか、天然の珍味にかけるその情熱はアッパレ。海の幸、山の幸の両方を楽しめるとあって、地元の健啖家にはこたえられない味処のようです。
中潟さんは、もちろん地元・福島県の出身。昭和25年(1950)生まれの53歳です。
高校卒業と同時に、伊豆の古い旅館の板場に入りました。その理由は、福島の山の味だけではバラエティーに欠け、いつかは行き詰まってしまうことを予感したからです。
中潟青年は、洗い場の“追いまわし”に始まり、5年間の厳しい修行を乗り越えます。そうこうする内に新鮮な蒲鉾(かまぼこ)造りに興味を抱き、食の延長線上として、今度は蒲鉾店に2年ほど勤めます。

「小田原風の本物の蒲鉾を、福島で売ってみようと思ったのです。戻って来て7年間蒲鉾店を経営しましたが、これは失敗に終りました」
材料の買い付けに奔走しましたが、残念ながら挫折。そして、あらためて本業たる料理の道に戻ることとなったのです。
“おこぜ”を始めてから、今年で14年目。モットーは「海の物でも山の物でも、福島らしさを演出する」こと。毎日の仕入れでは、同業者が驚くほどの新鮮なネタをそろえます。
苦労しても、それを続ける理由を訊ねてみると、「この世界で紆余曲折を重ねて、たどりついた結論」なのだそうです。
味つけは、関東人、関西人どちらもが「うまい!」と唸る腕前。旅行者のリピーター客も多いのも、うなずけます。
常連さんは「そろそろシメにかかった頃、珍味がおもむろに出てくるんですよ。そこがまた、マスターの憎いところなんです」と絶賛。カウンターに立つ奥さんの内助の功も、かくし味のようです。
みちのく福島ならではの、山海の珍味。そして、みちのく酒“奥の松”の一献。あなたもぜひ一度、行ってみらんしょ!