TOP> 地酒の旅 蔵元紀行

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 京都らしい風情を映す、株式会社山本本家。その紅殻格子と伽羅色の木肌は、伏見きっての老舗の風格を物語っています。
 しっとりと風情を醸し出す町屋造りの社屋で、十一代目山本本家の当主である山本 源兵衞代表取締役社長のインタビューが始まりました。
「山本本家は、現在の本社のある土地に、ずっとに位 置しています。仕込み水にふさわしい“白菊水”が湧いている場所だったからですね。しかし戊辰戦争後から近代にかけては、伏見の蔵元の様相はガラリと変わっています。水の良さに惹かれて、京都市内や関西の各地から移っていらした蔵元もあります。今では、江戸時代からの暖簾を継いでいる蔵元は、当社を含めて4、5軒だけになりました。しかし、いずれの時代にあっても、伏見の酒は“食中酒”としての価値を磨き上げてきたと言えます。それは、京都という千年の都のおかげであり、京料理とともに上質の味わいを織りなしてきたからです」
 生粋の京都人である山本社長は、昭和26年の生まれ。京都の名門・同志社大学を卒業して老舗百貨店に就職。顧客第一主義のビジネスを学び、東京の醸造試験場で研修後、山本本家へ入社しました。
 茶道など京都の伝統文化をこよなく愛する人物で、おだやかな口調と物腰には名門の風格が滲み出ているようです。

 山本社長は、良い酒の第一条件は「日本食と一体であること」と提言します。
「和食と和酒はバランスの取れた“あ、うん”の関係にあって、どちらが目立ってもいけません。いわば、自己主張の控えめな酒であるべきですね。それゆえ、香りの立つ吟醸酒や個性的な酒は、当社では造らないことにしています。この“食とともにある酒”という当社の哲学は、特定名称酒からレギュラー酒まで、すべてに通 じるテーマなのです。例えば、その代表選手である純米大吟醸酒・松の翆は、研鑽に研鑽を重ねた末に誕生した自慢の逸品です。表千家の家元様から、お茶事用に公式に認められたお酒で、毎年の初釜の席でお使い頂いている極上の酒です。また、四季折々の茶懐石にもふさわしいように、つまり燗酒でも美味しいようにと立ち香を抑え、含み香をもたせた上品な喉ごしに仕上げているのです」
 茶道の作法の中に、茶懐石を食べる作法があり、その際にはお酒の飲み方の作法も心がけなければなりませんと、山本社長は指摘します。
ところが、残念なことに昨今は海外で日本食が普及していながら、国内の和食文化が崩壊の一途をたどっていると、山本社長は苦言を呈します。
 その要因として、本物の和食ではない“もどき”の広まり、海外からの食材輸入、コンビニエンスストアやファミリーレストランなどの広がりによって、日本の食スタイルが急激に変化していることは否めません。また、それらの料理とさまざまなアルコールを気にせず合わせることに、若い人たちは違和感を抱かなくなっています。
「本来の日本食には、それぞれにふさわしい酒があるのです。例えば、東京で蕎麦屋さんに行けば、日本酒と一緒に楽しめる酒の肴があれこれと揃っています。ところが京都の蕎麦屋さんには、これがありません。反対に、京都にはおかずであり肴になる“おばんざい”があって、これに合う日本酒が好まれたわけです。そんな風に、そもそもの日本各地の食文化にきちんとマッチできる日本酒を造ることが、一層大切な時代になると思います」
 そこへ、日本酒の立ち位置を戻すこと。日本の食文化を、今一度、正しく顧みることから、若い人たちへのアピール・共感・感動が生まれるはずと、山本社長は力を込めます。

 いわば料理の味を生かしつつ、より一層の旨味を引き出す山本本家の酒は、繊細かつデリケートな味わい。これらの酒を安定した品質で造り出すことに、山本社長は先進のテクノロジーと機械設備を導入しています。
「世間では、“美味しい酒は手造り”というイメージが定着しています。しかし、それはノスタルジーを好む心が、多分に影響しているのではないでしょうか。私は、当社の酒造りについて『手造りですか?』と問われたら『いえ、機械造りです』とお答えします。そこで『それじゃあ、手抜きですね』と言われれば、『とんでもない、機械造りだからこそ、手造り以上に手を加えることができるのです』と、お答えしなければなりません。私がこの製造システムを構築できたのは、蔵人の高齢化が急速に進む中、技術力を生かしながら力仕事をどれだけ設備に代用させうるかを考え抜いたからです。ギリギリのせめぎ合いの中から導いた結論だと、申し上げておきます」
 蔵元とは、常に美味しい酒を提供しつづけるミッションを持っていると言う山本社長。
 何をもって自社の酒を美味しいとするかは、ひとえにオーナーが酒の味に責任を持っているかどうか、その酒を本当に愛しているかどうかにかかっているとも言及します。

 さて、料理と酒の相性について詳らかな山本社長に、海外での日本酒事情と外国の人たちへの日本酒アピールにどのような期待を抱いているのかを、締めくくりに訊ねてみました。
「当社の酒も、アメリカなど数カ国に輸出されています。今では、外国のネイティブな方たちが、本物の日本食を望む時代になってきました。寿司BARやフュージョン系の創作和食も人気ですが、ニューヨークでは高額な日本料理を出す一流店も登場し、そこには当社の日本酒も顔を並べていますよ。基本的に外国の方々は、アルコールを料理とマリアージュして楽しむという習慣がありますから、日本酒にも入りやすいでしょうね。いろいろな食材に合わせてあれこれと飲み比べたりしますから、かえって日本人より地酒に詳しい方がいたりします。それに、ヘルシー食としても注目されていますから、今後はさらに、ファンが増えるでしょう」
 山本社長いわく、例えばドイツ人なら、料理が進むにつれてワインをセレクトしますが、彼らを招待した日本の家庭では、日本酒を出さずにドイツワインだけを用意してしまうと指摘します。
 それはドイツ人ゲストの嗜好を理解していない行為で、彼が本当に飲みたがっているのは、日本の家庭料理に合う日本酒。しかも、出してくれる料理ごとにいろいろとマッチングを楽しみたいはずだと言います。
「ですが、日本人も本来はそれができたはずなのです。持て成しの気配りや酒席の作法が失われているから、そうなるわけですね。ここを、日本酒と日本食のコンビネーションで、復活させたいと私は思います。読者の方々には、海外で山本本家の酒と出逢ったなら、ぜひ御一献願いたいですね」
 海外からの日本酒賞賛のブーメラン効果も、少しは日本人に影響を及ぼしてくれるのではないかと、山本社長は洞察しています。
 今宵は日本食と山本本家の酒で、名コンビの味をじっくりと楽しむことにしましょう。