

自他ともに認める佐久名物なら、やはり千曲川の清流に育つ「佐久鯉」でしょう。
佐久地方は山間部だけに、海産物の乏しかった頃、鯉は貴重な蛋白源でした。その日常料理が、今や本場の鯉料理として全国に名を馳せています。
中でも、割烹「花月」は大正13年(1924)創業の老舗中の老舗。その名を知らぬ鯉つうは、モグリとまで言われます。
「百聞は一見にしかず」とばかり暖簾をくぐってみると、なるほど、この店の鯉はまるで鯛のごとしでした。泥臭さなど寸分もなく、目からうろこが落ちるほどの新鮮さです。その秘訣は、一週間ばかり清水に泳がせて丹念に泥を吐かせることと、活きのイイまま手際よく捌く、調理人の技にあるそうです。
そして、この花月のもう一つの名物が、女将の中村敬偉(ゆきい)さん。昭和27年(1952)に嫁いで以来、50年間を“鯉に恋した”名物女将です。
達者な口調と行き届いた気配りから、地元常連客のみならず全国にも敬偉ファンがいるとか。
「軽井沢にいらした有名人の方々が、よくお忍びでご来店くださいます。『ここの鯉は本当に美味しいんだよ』とおっしゃって、ご友人の方にもご紹介いただくんですよ。」と、柔和な笑顔をこぼします。
黒澤酒造株式会社の歴代社主とも縁が深く、むろん花月ご贔屓の酒は「井筒長」とのこと。佐久の生き字引とも思える女将の昔話や経験談には、ことのほか酌もすすみます。
そんな敬偉さんに、女将としてのモットーを訊ねてみれば、「お客様に、いつわりのない心でお応えすることです。初心を忘れないことですね」と、はにかむように答えます。
そのしとやかな仕草に、花月の“もうひとつの隠し味”を見つけた気がしました。

※この他にも、鯉の活きづくり、鯉の塩焼き、肝の一夜漬けなどを揃えています。