

町のそこかしこから聞こえてくる、せせらぎの音。北アルプスからの天然水が湧き出す共同水場には、早朝から主婦たちの笑い声が響いています。
絶え間なく湧き出る豊富な水で、彼女たちは野菜を洗い、米をとぎますが、その姿には水を大切に使おうとする気持ちが窺えます。
筆者がカメラアングルを決めようとした時、一人の女性が「これは、清水(しょうず)って言うのよ。知ってる?」と笑いを返してくれました。
清水と書いて「しょうず」と読むとは、何とも奥ゆかしい日本の文化を感じさせます。
富山県黒部市の生地(いくじ)の町には、そんな清水が20ヵ所以上もあるのです。その澄み切った水は、遥かな昔から地元の暮らしを潤しながらも、時には、洪水などの災いをもたらしたそうです。
生地も含めた黒部市一帯には、北アルプスからの膨大な地下水が網目のようにめぐり、地盤下の水量 は計り知れないほど。しかも、雪解け水が一気に流れ込む黒部川は、暴れ川となって氾濫を巻き起こしました。黒部の語源はアイヌ語のクンネベツ「黒(暗)い川」又はクルベツ「魔の川」から来ているといわれています。“クンネ”とは「暗い」又は「黒い」を意味し、“クル”とは「魔の」を意味し、“ベツ”は「川」を意味しています。
ちなみに現在の河口の幅は400mほどですが、驚くなかれ、明治時代までは4kmに及んでいたそうです。
地元の人々が言うには、「黒部=KUROBE」の名を世界に知らしめた物が、2つあるそうです。
まずは、富山県のランドマークの一つでもある「黒部ダム」。昭和31年(1956)、北陸一円の電力供給と洪水などの防災メリットに着眼した関西電力は、黒部川の上流へ世界に類を見ない巨大ダムを着工します。
総貯水量は約2億立方メートル。超大型の石油タンカーに換算すると約千隻分にもなります。
当時、人類の建築技術では到底不可能と思われていた工事には、7年の歳月と513億円の費用、1千万人もの人材が投じられました。その話題は「世紀の大事業」と、世界中を席巻します。
昭和38年(1963)6月に完成した黒部ダムの壮大かつ過酷なドキュメントは、「黒部の太陽」に映画化され、以後、国内だけでなく、世界中から100万人の旅行者が訪れる富山随一の観光地となりました。
シーズン中の6月26日から10月15日までの間、高さ186mのダムからは毎秒10立方メートル以上の水が放たれ、虹がかかるほどの圧倒的なスケールに歓声が湧き上がります。
また、雄大な北アルプスを目の当たりにしてダム湖をクルージングすることも可能。その黒部湖遊覧船「ガルベ」は、日本で一番高い場所を航行する遊覧船でしょう。
それでも、この黒部ダムに集まるから水は、黒部の町の地中をめぐっている水量 に比べれば、ごく一部に過ぎません。「黒部川扇状地」と呼ばれる平野部は、どこを掘っても、ほとんどの土地から水が湧き出しますから、いわば黒部の町は、大きな湖の上に浮かんでいると言っても、過言ではないでしょう。
そして、もう一つは、名水を使ったアルミ工業。「YKK吉田工業」や「立山アルミ」と言えば、誰でも記憶にあるメーカーでしょう。
昭和40年代以後、急成長したそのシェアーは、今や、日本を含む世界約70カ国でファスニング事業と建材事業などを展開しています。その製品の確かな品質と信頼を生み出した工業用水も、尽きることなく湧き出す黒部の名水だったわけです。
最近は、本物志向のグルメブームに、この「名水の町」を再びアピールしようと、さまざまなアイテムやスポットが誕生しています。
まずは、名水ポークなる豚肉。豚の食べ物、飲み水、そして洗浄まで、すべて黒部の名水で育て上げています。豚は体内の60%以上が水分で、それを名水にすることで、旨みのある柔らかな肉が生まれるわけです。ほかにも、名水で育てたコシヒカリ、名水で作った豆腐、名水ラーメンなど、アイデアいっぱいの商品が登場しています。
そんな中で、ひと際人気を上げているのが、今回訪問する皇国晴酒造の銘酒「名水の蔵」です。
皇国晴酒造の蔵元・岩瀬家は、敷地内に家宝“岩瀬家の清水”を持ち、清冽な水から、数々の美酒を醸しています。代表的なブランド「幻の瀧」は、日本全国の地酒ファンに富山ならではの淡麗辛口の吟醸酒として愛されていますが、その品質と味わいをさらにリーズナブルに提供しているのが、「名水乃蔵」シリーズです。
岩瀬家の清水やその酒については、本編の中で、さらに詳しく紹介することにしましょう。
そして、皇国晴酒造の銘酒にピッタリと合う魚介類も、生地の名物でしょう。
黒部川の運んで来た豊かな栄養分が富山湾に溶け込み、生地の港では、日本海の旬や珍味があれこれと揚がります。春のホタルイカ、夏の白エビ、秋のサバ、冬のズワイガニなど、枚挙にいとまがありません。
そして、できたての新酒で楽しみたいのは、1月頃に漁の最盛期を迎える天然物の寒ブリ。その分厚い刺身と銘酒「幻の瀧」のコンビに、筆者は、これまで何度も酔いしれています。
父なる北アルプスと母なる富山湾に抱かれる、名水の町・生地。その天恵のしずくを醸し出す皇国晴酒造の魅力に、ひたってみることにしましょう。