

加賀大聖寺藩が文化産業として奨励した「九谷焼」は明治時代の到来とともに衰退していったが、往時の逸品は今も絶大な人気を誇り、多くの陶芸愛好家を魅了してやまない。 鹿野家には、先祖が収集した数々の九谷焼が保存されている。 中でも、エキゾティックな四彩色と黄色を中心に表現された江戸時代後半(1820~1834)の「吉田屋」作品が多く、これらは地元・石川県を始め、全国各地の美術展に貸し出されている。

鹿野 頼宣 社長の祖父(五代目)が手に入れた逸品。江戸時代の仙台・伊達藩家臣の武将甲冑で、胴は矢玉を跳ね返す鉄製である。赤糸威しもさほど色褪せておらず、籠手、脛当てもきれいな状態で残されていて、江戸中期頃の作品と思われる。 社長の父・重が戦争道具である武具を好まなかったため、長持ちから出さずに保存されていたことが良好な状態につながったと思われる。

鹿野家の庭は豪奢な庭園と趣を異にし、「侘びさびと幽玄」を感じさせる。 地酒蔵元らしい慎ましさと静寂な空気を漂わせる苔庭は、一献の酒の借景にしたい風情である。 その思いのままに、雪景色となる冬には縁側に座りつつ銘酒「常きげん」を楽しむ宴が催される。