

“群来”とは、どう読むのか……来道する前、小樽の歴史を紐解く筆者は、はて?と小首をかしげます。その疑問は、“群来陣(くきじん)”を訪問して明らかになりました。
群来は、「くき」と読みます。明治時代半ば、大群の鰊がここ祝津(しゅくつ)の海を銀色に染めたことに由来する言葉です。
「この建物は、鰊漁の網元・白鳥家の番屋でした。明治10年(1877)に建てられ、大旦那の別宅 兼 ヤン衆(漁師)たちの宿舎として使われていました。でも、昭和30年代の不漁で網元が没落すると、その後は持ち主も転々と変わっています。最後は小樽市が所有したのですが、今から8年前に解体すると言い出して、せっかくの歴史的建造物を壊すのはあまりに忍びないので、私が買い取って全面的に修繕したのです」
群来陣の経営者である 干場豊(ほしば ゆたか)さんは、伽羅色の梁や囲炉裏座、重厚な上がり框を案内しながら、そう話します。
廊下には、雨ざらしの廃墟になっていた当時の写真が飾られていました。
それを修復し、かつてのノスタルジックな風情を甦らせるためには、計り知れない資金と労力が費やされたことを推察できます。
干場さんは、昭和12年(1935)北海道江差町の出身。通りの良い声、矍鑠とした体躯と若々しい顔色は、とても67歳に見えません。
15歳から料理人の世界へ入り、函館の駅前ホテル、旅館の板場などで修行。その後、お客様の目前で技と味を供する“さらし”の場を求めて、東京へ進出。柳橋の一流料亭でも包丁を握りました。
昭和36年(1961)駆け出しの頃の師匠から声が掛かり、小樽へ渡ります。そして、4年後に郷土料理店“江差亭(えさしてい)”を開業。以来、個性的な技と一級品の味で、群来陣とともに人気を博しています。
日本酒は北の誉一筋。40年の付き合いだそうで、なるほど店内には北海道地酒シリーズの“群来”“鰊御殿”など、ここにピッタリの銘柄が並んでいます。
「私は食と酒(飲む)は一心同体であると、考えます。技だけでなく、盛り付けや器などお互いの調和によって、いい料理ができると思います」
“人生ずっと、日本酒党”を自負する干場さんは、右手をクィッと返しつつ、闊達な口調と笑顔で解説してくれます。
さて、群来陣おすすめの味は、季節によっていろいろ。冬場は天然ウニ、ホタテ貝、つぶ貝、大きな鰊、タラバ蟹など。これからの春にはソイ、ヒラメ、こうなご、ホッケ。中でも、小樽沖の深い根(岩礁)に付く“ねぼっけ”は絶品の味で、内地の人間は一生に一度味わえるかどうかの美味だそうです。
そんな新鮮な魚介類を、バラエティーたっぷりに仕上げるのが、干場さんのモットーです。群来陣のゆかしい雰囲気も、地元料理と地酒のマッチングを演出します。
「やはり北海道の人間ですから、北海道を愛しています。小樽の料理と日本酒、ここのムードを、多くの皆さんに楽しんでもらいたいですね」
でっかい大地のでっかい心を持った、小樽の大将。そんな干場さんの魅力も味わいながら、群来陣の風情と名物料理を心ゆくまで堪能してみませんか。
※季節の旬など、その日に入った魚メニューもできます