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松本酒造株式会社 ~蔵主紹介

京都の風情と文化の香る「万暁院」の御座敷。その庭「畫舫園」は、廻遊式枯山水庭園です。御座敷に漂う微香の匂いを心地良く感じながら、松本 保博 代表取締役社長のインタビューを始めました。
「まず、私ども松本酒造の考えとしましては、当社の酒は“工業製品ではなく、嗜好品である”ということ。この嗜好品には、本物の原料が必要です。 近年は、安価な原料や新しい技術で酒を造ることも可能ですが、嗜好性の高い本物の清酒は、まだまだその方法では造れません。ですから、酒造適正の高い酒米、丁寧かつ安全な技術にとことんこだわることが、松本酒造の酒造りの哲学です」

日本人がずっと嗜んできた酒なのだから、原料の米こそ清酒の命。これを造り手が誠心誠意尽くして仕込むことで、飲む人たちの心の栄養や癒しになると、松本社長は語ります。 松本酒造は、兵庫県産の山田錦、富山県産の五百万石など、高価な酒造好適米を惜しげもなく購入する蔵元として業界では知られていますが、その理由は、酒造現場のリーダーとしても長年経験を積んできた松本社長の信念によるもの。原料の吟味については、人一倍のこだわりと見識眼を持っています。

さて、松本酒造は生粋の“京酒屋”です。217年前の寛政3年(1791)に京都の洛中に創業。三十三間堂の西側で店を開いたといいますから、一等地の人気酒屋だったのでしょう。そして、大正11年(1922)に伏見に蔵を増設してからも、連綿として京都らしい上品かつまろやかな美酒を醸し続けています。 その精神を継承する松本社長は、京都の蔵元としての自負をこんなふうに抱いています。
「近年はアメリカやアジアなど、海外で日本酒が好評ですが、私は国内にもっと力を入れるべきだと思います。当社としては、やはり京都のための蔵元でありたいですね。

そして、京都ファンの方がたくさんいらっしゃる東京などの関東圏も大切なマーケットです。ところで平安時代から、京都は千年の間、都だったわけです。人口20万人の都には大量の食材が必要で、昔から全国各地の海の幸や山の幸が運び込まれていました。それゆえに京都人は美食家で、舌がとても肥えているわけです。だから、美味しい物は何か、良い物を作るためには、どこの材料が必要なのかに精通しています。これは酒にも言えることで、原料である米に誤魔化しは通用しません。つまり、物の価値のちがいを判断する、独自の美意識が京都にはあるのですよ」
それだけに、昔から京都は商いの難しい町ですよと、松本社長は苦笑します。
しかし、そんな評価の厳しい京都で勝ち抜いてきた、生き残ってきた蔵元だからこそ、より一層の向上と吟味を重ねていく使命があるのだと、松本社長は胸を張ります。

近年、清酒需要が低迷していると流布されることに、少子化の傾向も含めてこれからは量を求める時代ではないでしょう。本物志向の時代は酒質の向上が第一のテーマですが、それだけに、これからの酒造りには“夢”も必要になると松本社長は言います。

「当社は、造り方から売り方、そして楽しみ方まで、京都の食文化や伝統・風習の中に育まれてきことを誇りとしています。ですから、品質は当然高くあるべきで、それをもっと美味しく感じる付加価値=理想・夢を酒の中に醸したいと思います。そのためにも、最高の原料が必要なのです。近年の酒造りは設備や装置の革新によって少しずつ向上していますが、それでも良い原料に優る技術はあり得ません。お客様にとって、設備とか技術は目に見えない、耳にも入らない存在です。これをアピールしても、それは独りよがりなことでしょう。しかし、原料だけはちがいます。飲めば、分かるのです。

お客様の喜んで下さる姿や笑顔を想いながら、最高の酒を造るのが当社の“夢”であります」
人は美味しいものを食べたり飲んだりすると、免疫効果が高まるそうですと、松本社長は教えてくれました。そんな酒をいつまでも造り続けていきたいがために、銘酒「桃の滴(しずく)」の中には夢も醸しているのです。

さて、締めくくりに、松本酒造が京文化を代表する蔵元である証しをご紹介しましょう。
平成19年(2007)11月30日、松本酒造株式会社は経済産業省より「近代化産業遺産」の認定を受けました。
その対象となったのは、明治時代から大正期にかけて建てられた煉瓦造りの倉庫と煙突、木造の蔵です。特に伽羅色をまとったノスタルジックな蔵棟は、これまで幾度となく映画やドラマのロケーションとしても活用され、菜の花の咲きほころぶ春には、美しい京都の憧憬を描き出します。
「銘醸地と呼ばれている伏見や灘は酒造りのパイオニアですから、それ相応の文化や伝統を備えています。例えば今日の全国の地酒は、その昔、伏見や灘の技術を学び、職人を招き、向上していったのです。その灘・伏見よりも前に、京酒屋は誕生しています。つまり、京都こそ清酒の本場だったわけです。このたび経済産業省から頂戴した“近代化産業遺産”の認定は、まさにその典型だと思います」
筆者は松本社長の口から飛び出したその快挙に、しばし耳を傾けました。
遺産に選ばれたのは伏見と灘のメーカーが持つ建物ですが、その中で、唯一今も稼動しているのは、松本酒造の蔵だけでした。これぞ、松本社長の言う“夢とロマン”のある酒蔵でしょう。

「当社の酒は、工業製品ではありません。農産加工品です。そして、米と水という原料を使い、その地の風土や気候、習慣の中で造る風味は、単なる製品・商品でもありません。そこにどんな魅力を醸すのか。これこそが、蔵元の成すべき真骨頂だと私は信じています」
京都人らしい、柔和な笑顔と穏やかな物腰の松本社長。その理想と夢から生まれる「桃の滴」は、これからも京都の人々と京都ファンを魅了していくことでしょう。