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松本酒造株式会社 ~お宝紹介

先々代社長が建てた「万暁院」には、京都の雅と歴史を偲ぶ数々の逸品がコレクションされている。  この万暁院自体の構造も、松や栗の木をふんだんに使った寺院風建築。宮大工の手で4年の歳月をかけた平屋造りは釘や鎹を使用せず、廊下の床には瓦が手詰めして敷かれ、微妙な温かさも実感できる。  そこはかとない和の風情としつらえが、松本酒造の銘酒「日出盛」「桃の滴」の味をひときわ際立たせる。

円山応挙 筆 初代の父・松本彦四郎の肖像

円山応挙 筆 初代の父・松本彦四郎の肖像

この掛け軸は、十数年前、古い物置を整理していた松本 社長が偶然発見した。 他にも数点、応挙の作があることから、松本家は応挙と親交があったことがうかがわれる。 描かれている人物は、初代の父。刀を後ろに置くのは、元・武士であることを示すしきたり。 現在は、家宝として保管されている。

天正拾七年と刻まれた京都・三条大橋の橋桁と伏見桃山城のおしどりの井筒

天正拾七年と刻まれた京都・三条大橋の橋桁と伏見桃山城のおしどりの井筒
天正拾七年と刻まれた京都・三条大橋の橋桁と伏見桃山城のおしどりの井筒2

京都の鴨川には昔からさまざまな橋が架かっていたが、何とこれは、天正17年(1589)当時の三条大橋の橋桁である。織田 信長が討たれた本能寺の変が天正10年(1582)であるから、豊臣 秀吉の天下統一が粛々と進んでいた頃のものである。 風化した肌が、時の経過を語ってくる。 また、手前の井筒屋形は、文禄3年(1589)に普請された伏見桃山城のおしどりの井筒と言われている。

織田有楽斎邸の破風門

織田有楽斎邸の破風門

織田 信長の弟・織田 長益(ながます)は、有楽斎の別 称を持つ文化人である。とりわけ茶道を極め、千 利休(せんのりきゅう)を師と仰ぎ、茶碗などの陶器にも“楽焼”の名を残している。また、数奇屋造りにも造詣が深かった。 ちなみに、東京の有楽町や数奇屋橋の地名は、有楽斎の江戸屋敷があったことから付けられている。 この門は、京都・建仁寺の境台にあったが、縁あって万暁院の玄関として、400年後の現在も生きている。