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江井ヶ嶋酒造株式会社 ~蔵主紹介

青空と白い雲を背景にたなびく、日の丸の国旗と江井ヶ嶋酒造の社旗。その下には、慈愛に満ちた表情で創業者・卜部兵吉の胸像が立っています。
年輪を偲ばせる手入れの行き届いた植え込みと蔵棟は、ここを訪れる人を魅了してやまないことでしょう。
ふと見れば、兵吉像の隣に、いかにも蔵元らしいモチーフが凛として据えられていました。

酒徳利を形どった御影石に刻まれている「誠実」の文字と漢詩は、兵吉自らが旨とし、生涯の理念としたものです。その揮毫は中国の史書「大学」に由来していると、七代目・卜部 章 代表取締役社長は教えてくれました。
「まずは、この言葉が当社の原点です。どんな事に対しても、どんな人に対しても、常に誠実であれば事を成し得ることができるという哲理ですね。120年の時代の中で経営方針や企業スタイルはさまざまに変化しましたが、この“誠実”だけは、これからも変わることのない我が社の心だと思います」
120年の風雨に晒されながらも、兵吉の精神は社訓となって脈々と受け継がれており、創立記念日などには全社員で“社運の隆盛は、誠実にかかっていること”を誓い合うそうです。

「そして、国旗と社旗の掲揚は毎日行ないます。国があり、江井ヶ嶋の地があってこそ、我が社があると、兵吉は説きました。それを感謝することから、“誠実”が生まれたのだと思います」
ちなみに、毎年、江井ヶ嶋酒造では社に関わった物故者の法要を行い、崇敬と感謝を続けています。ここにも「誠実」の精神が生きているようです。
七代目・卜部 章 社長は、昭和25年(1950)生まれ。大学卒業と同時に昭和47年(1972)江井ヶ嶋酒造へ入社しました。当時は清酒消費がビール・洋酒にやや押されていたものの、江井ヶ嶋酒造の「酒は神鷹、男は辛口」のキャッチコピーは浸透し、関東圏でのシェアーを伸ばしていました。
時代は移り、地酒ブームや洋酒の規制緩和によって市場が激変した現在ですが、そのフレーズはずっと変わらない神鷹の個性であり、江井ヶ嶋の恵みの集結と七代目・卜部社長は力説します。

「西灘で酒屋を始めて以来、この土地の水と米と人が醸してきた神鷹の味わいを、多くの皆様に愛して頂いています。神鷹は典型的な男酒で、燗をすればキリリと辛く、秋晴れして熟成するほど美味しくなるのです。それは明石の沖で獲れる新鮮な魚と、最も相性が良いのです。本来、地酒とはその地で育ち、その地で飲まれた酒ですから、当然、その土地の食生活に欠かせない存在です。もっと言えば、土地の生活文化や風習にも影響したり、され合ったりしたはずです。ですから、そんな価値や魅力を持ち続ける明石の酒を醸すことが私の信条です」
たとえ明石に来たことがなくとも、播磨灘の魚と神鷹を飲めば「うまいなあ! 一度、地元へ行って楽しんでみたいもんだね」と言ってもらえる。そんな飲む人の心象を思い描き、誰もを喜ばせ、幸せにしようとする姿勢にも、「誠実」の社訓を実感します。

取材スタッフは、七代目・卜部社長の言葉どおりに明石の旬の魚介類と神鷹の燗の酒を、食してみました。真綿のような穏やかな香りと繊細な辛口はもちろん料理にピッタリでしたが、飲むほどに箸が進み、お終いまで盃を重ねることになったのです。
これが七代目・卜部 社長の語った地産池消、さらには、その根底にある身土不二と実感しました。
「例えば、三木産山田錦を使った神鷹大吟醸をお取り扱い下さっている東京の料亭では、食前の1杯目は東北地方の香り高い吟醸酒をお出しになるのですが、料理がある品まで来ると、そこで神鷹の大吟醸に切り替え、食事が終るまでご提供されます。そして、食事が終ってからの酌には、西国の甘口酒などをお出しになるのです。そうして頂けるのは、先方様へきちんと当社の酒の個性をご説明して、お出し頂く料理との相性もお考え頂いているからなのです。神鷹は香りを抑えた、芯がしっかりしたキメの細かい酒です。私としては料理の前に出してはいけない酒だと自負しており、ワインのような使い方ができる酒なのです」
あたかもソムリエのような、食と酒のマリーアージュ解説。実のところ、七代目・卜部社長は本物のソムリエでもあるのです。

白玉ワインなどを大正時代から醸造していた江井ヶ嶋酒造だけに、当然と言えば当然ですが、ワインの本場での研修や体験を通 じて酒と食文化の自然な関係、本当の楽しみ方を実感したと七代目・卜部 社長は言います。
「辛口ワインの代名詞であるシャブリは、やはりブルゴーニュの牡蠣に抜群に合います。当社のワインも、叶いません(笑)。でも地酒と言うスタンスで言えば、シャブリ&牡蠣=神鷹&明石鯛となるわけで、それを実感できるのは、日本人ならではの贅沢だと思うのです」
 神鷹は膳の主役ではなく、黒子になって幸せな宴を演出する、いぶし銀のような役者ですねと七代目・卜部 社長……今夜もまた、神鷹に酔いしれてみたくなります。
これまでのインタビューで、江井ヶ嶋酒造の神鷹は、誰もが抱く「灘の酒」=「大手ブランド」「普通 酒」のイメージとは一線を隔す、“西灘ならではの地酒”と断言できるでしょう。
 その証は、先述のように酒だけでなく暮らしと文化に深くこだわり、“地酒とはかくあるべき”の信念を持している七代目・卜部 社長の熱いハートにあります。

では、七代目・卜部社長は現在の日本酒文化と今後のあり方について、どのように考えているのでしょうか。
「近年の日本人の食生活や食文化は、どこかでおかしくなってしまっている気がします。ファーストフード、アメリカナイズ、グローバルと何でもかんでも受け入れ過ぎて、日本人として培ってきた大切なことを失ってしまっているようです。昭和40年代には、少しだけ本筋からズレていたぐらいなのに、 今は元の場所がどこなのか、分からなくなりかけている。ですから今一度、回帰することが大事です。それは単に昔の日本を懐古するのではなく、日本人らしさとは何なのかを考え、衣・食・住や文化などさまざまな面での歪みを直すことだと思います。ここ数年のスローフードブームなどは、フランスやイタリアなどから入って来たものですが、あれこそ日本の暮らしに紡がれていた素晴らしい文化ですよ。ゆっくり食と酒を楽しみ、笑い、語り合い、幸せを分かち合う場面に、地酒は欠くことのできない存在だったはずです」
卑近な例で言えば、結婚式で日本酒が飲まれなくなった、畳の部屋が減って正座をしなくなった、和服を着なくなった、手紙を書かなくなった。枚挙にいとまがないほどですねと、七代目・卜部 社長は歎きます。
 だからこそ今、地酒を通じて日本人の礼儀や作法、躾といったものまで考えたり、語り合ったりできれば蔵元冥利に尽きると言います。

「これからの若い方々に、本物の日本酒らしさを実感してもらえる機会を提供していきたいですね。昔から“酒飲み”という言葉には、常に嫌なイメージが付き纏いました。ぐでんぐでんの酒臭いオヤジですね。そこには、必ず日本酒の一升瓶がセットで付いてくるんですよ(笑)。まず、そんな悪いイメージを拭い去ることですね。そのためには、酒だけでなく、シーン、料理、人、器などのいろいろな魅力を演出することでしょう。今、日本酒を飲んでいない若い方が増えているのは幸いかも知れません。つまり、最初の出会いが素晴らしければ、必ずファンになってくれるはずなのです」

その一環として、江井ヶ嶋酒造では毎年2月に蔵祭りを開催し、伝統ある蔵の見学とともに出来立ての神鷹をふるまっていると、七代目・卜部 社長はアピールします。今年は関西の各地から3,000人を越える神鷹ファンが集まり、社員一同てんてこまいの状況だったそうです。
また、七代目・卜部 社長は山梨のワイナリーへ初めての見学者が来ると、必ず一番上等のワインを最初に試飲してもらうそうです。 自然に包まれたシャトーの中で、初めて出会う樽出しのワイン。その感動と喜びは、深く心に残ります。
 そのワインが超高価であっても「これを、いつも口にすることはできないでしょう。ですが、少しお手頃なランクでも美味しいですよ」と付け加えてあげることで、その人はもっとワインを知り、楽しむようになるそうです。
「日本酒も同じです。その努力が、まだまだ足りない。私たちメーカーも含めた業界の和によって、国酒の素晴らしさを今一度、誠実を尽くして提唱していくことが目の前の大きな課題でしょう」
 七代目・卜部 社長の締め括りには、やはり「誠実」の二文字がありました。その真摯な言葉と表情に、静かに凛と香る「神鷹」を重ねる筆者でした。