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江井ヶ嶋酒造株式会社~水・米・技の紹介

江井ヶ嶋酒造では、明治22年(1889)に竣工した大歳壱番蔵(大歳/おおとしは、地名に由来)を始めとする7つの木造蔵が、ゆかしい風情を漂わせています。
そのほとんどは創業者・卜部 兵吉の時代に建てられ、数々の銘酒とともに、地元の人々の仕事と暮らしを育んできました。また、各蔵ごとに酒職人の故郷・丹波から杜氏と蔵人がやって来て、お互いの酒造りを競い合ったそうです。

そんな丹波流の技と心を受け継いでいるのが、若き杜氏・竹中健二 氏です。
「昔、私は一合の酒すら飲めなかった下戸だったんです。でも、広島県福山市にある大学で生物工学を学んでいた時に酒造りを見学したことがきっかけで、郷里の兵庫県加古川市に戻ってから、地酒に興味を持つようになりました」
生き物である酒を造る仕事は、そんな竹中 杜氏にふさわしい仕事でした。平成5年(1993)に入社するや、神鷹一筋に50年の酒造りを担ってきた名杜氏・原田忠夫 氏に見込まれ、メキメキと腕を上げてきました。また正統派丹波流を学ぶため、名人が列座する丹波杜氏組合の末席にも加わり、2年前に原田杜氏から櫂棒を授けられたのです。
今年で13年目。神鷹の魅力と技の秘密を、聞かせてもらいましょう。

「おっしゃるように、神鷹はきれいな辛口の味わいが特長です。その理由は、原料や水の確かさもさることながら、代々の杜氏・蔵人の姿勢と心がしっかりしていて、変わりなく造られてきたことにあります。私が入社した頃から吟醸酒の持てはやされる時代となって、果 実や花の匂いに走る酒が多く登場しました。そんな中で、神鷹は米の匂いや旨味そのものを大切にする、スッと味を後に引くような酒です。また、貯蔵してひと夏を越せば、熟成したその味わいは素晴らしく、“秋上がり”の余韻をたっぷりと楽しめるのです。時代の風潮に流されず、食事中の酒にふさわしい“辛口の神鷹”を造り続けることが、原田のおやっさんの跡を受け継ぐ私の使命です」
頑なに神鷹らしさにこだわる竹中 杜氏は、その真髄を探り当てるために、晩酌には他社の酒をあれこれと飲むそうです。
「旅先で入手した地酒を飲んで、いろいろな料理と合わせながら比較することで、より神鷹の個性を実感したいのです。自社の酒ばかりでは自己満足の域を抜けられませんし、食中酒と言ってもいろいろなタイプがありますから、日々、勉強すること、感覚を磨くためにそうしています」
そんな毎日の中でふと思い浮かんだり疑問に思ったことを、丹波杜氏組合の席で大先輩たちに訊けることが、何よりも嬉しいと竹中 杜氏は表情をほころばせます。

それでは具体的に、仕込みについて解説してもらいましょう。
「播州の山間部は肥えた土地と澄んだ空気、そして水の良い場所で、そこで獲れる米は平安時代から“播磨米(はりまよね)”と言われて人気があったそうです。現在の三木市一帯、特に志染(しじみ)町で獲れる山田錦は素晴らしい品質です。当社ではその山田錦を主として使用し、全量を自社精米しています」
志染町の山田錦が良い理由を、竹中 杜氏は粘土質の土地と水の清冽さ、朝晩の温度差にあると言います。

谷の合間に造られた水田は暖かな陽射しと山風に育まれますが、夜間はぐんと冷え込み、そのメリハリのある風土がしっかりとした稲を作るそうです。
その山田錦はきめ細かに磨かれ、江井ヶ嶋に湧く地下水で洗い、蒸されます。

「仕込み水は軽い硬水で、その水源は六甲山系にあります。井戸は、当社の敷地内に3本ありまして、150メートルほどの深さです。六甲山系はこの地元の大久保町まで伸びていて、その岩盤の傾斜に沿って水脈が走っており、岩と岩との間にある貝殻層から湧き出てくる地下水です。初代の卜部 兵吉 社長が明治12年(1879)に調査した時、灘の宮水と同じ水質であることが判り、“寺水”と呼んできました」
硬い水で蒸せばしっかりとした腰の強い麹となり、モロミでは旺盛な発酵を促します。

その特長がキリリと引き締まった辛口酒に結びつくわけですが、竹中 杜氏は「麹造りのポイントとしては、数値分析とともに見た目と香りだと思います、特に、香りを重視しないと、モロミになった段階で麹の味が乗りません。でも、自分の納得のいく麹は、1年に何度あるかです。まだまだ修行しなければ、ダメですね」と謙遜します。

江井ヶ嶋酒造の酒造りは、現在、竹中 杜氏を中心とする社員5名、丹波からの季節職人5名の体制で行われています。
播磨灘を抜ける冬の海風は六甲おろしとともに江井ヶ島の地を冷やし、酒造りに適した環境を生み出していますが、その風土を知り尽くしているのが、丹波からやって来る酒職人たちでした。
近年の江井ヶ嶋酒造は、そんな丹波出身のエキスパートによる製造体制から、社員による酒造りへと移行しています。

「季節職人の方々には一歩引いてもらいながら、その高い技術と経験を我々社員に伝授して頂いています。社員はそれを肌身で学び、新しい製造設備を使いながら、品質向上に取り組んでいます。最近の設備はいろいろな機能が備わっているのですが、その特性を知り尽くした上で、求める麹に合う方法を考えないといけません。そのためにも、丹波組合の杜氏の方々に忌憚なく相談をさせてもらっています」
例えば、江井ヶ嶋酒造の麹造りは、現在、円盤型の回転式製麹機を主に使用しています。

いわゆる半自動型ですが、導入した時、旧来の麹と出来栄えが変わったため、前任者の原田 杜氏たちは腐心したそうです。それは竹中 杜氏とて同じことで、使いこなし方を考えあぐねることもしばしば。
そんな時には、真っ先に丹波杜氏組合の門を叩くそうです。
最近は杜氏の後継者が減少していることもあって、どの杜氏も快く竹中 杜氏を受け入れ、 「いつでも蔵へ、勉強しにおいで!」と二つ返事を頂けるとか。
酒造道具の選び方なども、大先輩たちは包み隠さず授けてくれるそうです。

35歳の竹中杜氏は、これからますます精進し、神鷹の酒を磨いていくことでしょう。
そんな胸中にある夢や抱負を、エンディングとして教えてもらいましょう。
「生酛造りや山廃仕込みの酒を経験してみたいのです。昔ながらの仕込み方、本来の味わいを、造り出してみたいですね。昔の神鷹は半切りの桶で丁寧に酛摺りをして、仕込まれていました。それが、明石の本物の地酒だったと思います。今の神鷹とどうちがったのか、とても興味があります」

年に数回は生酛造りの蔵へ見学に行く竹中 杜氏ですが、残念ながら、作業を体験することはできません。日本酒の原点である生酛造りや山廃仕込みを経験することは、これからの自分の人生に欠かせないと竹中 杜氏の言葉には熱がこもります。
そしていつか、この蔵の中で、そんな酒を造りたいと言います。
辛口の個性が生きた、生酛造りの神鷹。それもまた、良いのではないでしょうか。思わず、筆者の心が躍ります。
暖気樽を振ってモロミを育て上げる竹中 杜氏との再会を、心待ちにしましょう。