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高砂酒造株式会社~蔵主紹介

平成18年(2006)、高砂酒造は北海道・札幌市に本社を置く日本清酒株式会社のグループに加わり、新たな一歩を踏み出しています。そして、高砂酒造株式会社の代表取締役には、日本清酒株式会社の白髪 良一(しらが りょういち)社長が兼ねて就任しました。

白髪社長は平成9年(1997)に日本清酒のトップへ就かれるまで、2008年の洞爺湖サミット会場として知られるウィンザーホテルの総支配人、さらには、北海道拓殖銀行や北洋銀行などで要職も務めており、道内の経済界に多大な功績を残しています。

昭和14年(1939)旧・満州に生まれ、岡山県倉敷市で育ちました。聞くところによると、倉敷商業高校時代からスラッガーで鳴らし、大学、社会人と野球に没頭したスポーツマンで、その篤実さと遂行力に、地元経済界から人望が寄せられているそうです。
「法政大学から社会人野球のご縁で北海道拓殖銀行へ入社いたしましたが、銀行マンを辞してから、さまざまな業界に勤めさせて頂き、各界の皆様とお付き合いできたことが何よりもありがたいですね。特にウィンザーホテルの3年間は、サービス業の本質をじっくりと学ばせて頂きました」
紳士然とした白髪社長の物腰には、ひとかどの人物のオーラを感じます。

さて、白髪社長のインタビューを始める前に、銘酒「千歳鶴」で知られる日本清酒株式会社について、若干紹介しておきましょう。前身は明治5年(1872)創業の「柴田酒造店」で、札幌の繁栄とともに明治30年(1897)地元の造り酒屋数店を束ねて「札幌酒造合名会社」を設立しました。
そして、昭和3年(1928)「日本清酒株式会社」へ改組しています。
昭和34年(1959)には、国内最大規模の酒造工場「丹頂蔵」を竣工。その3年後には、海外への清酒輸出をスタートさせ、北海道ブランド「千歳鶴」を全国へ伝播していきました。また、特定名称酒へも道内の魁として取り組み、全国新酒鑑評会では14年連続の金賞受賞に輝いているのです。
そんな日本清酒のグループ企業となった高砂酒造に、白髪社長はどのようなテーマを与えているのでしょうか。

「基本は、“消費者に向いて、すべてを考えているかどうか”でしょう。高砂酒造の場合は“北海道(旭川)の吟醸酒として、飲む人にどのような感動を与え、どれだけ満足を提供できるか”を、常に考える酒造りであるべきですね。北海道を代表する日本清酒グループの中でも、特に手造りに専念するオンリーワンの蔵です。これからのユーザーの皆様は、そんなこだわりの北海道酒に、旅の憧れや魅力なども描いて下さるのではないでしょうか」
さすがに、ウィンザーホテルのリーダーを務めた白髪社長の弁。北海道をモチーフにした先見や洞察を、どのように酒類サービスへ結び付けていくかが、高砂酒造の今後の鍵を握るようです。

ところで、白髪社長には、北海道の酒類業界の門を叩いて以来、ずっと憂いている問題があります。それが、高砂酒造のオンリーワン化の一因でもあるそうです。
「北海道に限らず、酒類業界には“酒税と国策の産業”という意識が、まだ残っているようです。ところが、生活者の意識はとっくに変化しています。例えば、価格破壊や量販、酒販免許の緩和と、アルコール市場のオープン化は当然の社会になってきましたが、業界としてこれに手を打つのが遅いと思います。野球で言えば、サインを出してるのに、走らない、打たない。その要因は、業界内のコンセンサスやメーカー同士のコラボレーションが少ないためでしょう。これを払拭しないことには、今後の清酒消費減少に歯止めがかからないのではないでしょうか」

現在、北海道の清酒消費量を100とした場合、その23%ぐらいが道内の酒で、ほとんどが大手メーカーも含めた本土の酒。これに打つ手が遅れているのも、業界の現状が如実に現れていると白髪社長は指摘します。
「この現象には、2つの要因があると考えます。まずは、北海道の景気が振るわず、やはり“経済酒”が望まれていること。焼酎では、依然として甲類のシェアが高いですね。つまり、清酒でも低価格の液化仕込み酒が普及していて、吟醸酒はリーズナブル価格であることも欠かせない条件でしょう。つまり、原料である米のコストをいかに安く抑えるかが課題になってきます。そこで次の要因につながるわけですが、道内ではまだまだ山田錦や五百万石、美山錦など、コストのかかる本土の米を使う酒が多いわけです。これを上質で安い道産米に替えていく努力こそ、価格的に地元の消費者を増やしていく手段ですし、引いては、北海道酒としての魅力を道外にアピールできると思うのです」

白髪社長の熱い言葉に、筆者は思わず引き込まれ、地産地消から身土不二(しんどふじ=人の命は、その土地の食べ物で支えられ、その食べ物は土地が育てる。だから、人の命と健康は、その土地と共にあるという意味)にまで会話は及びました。
とは言え、一朝一夕にして同業者が同じ旗下に立つのは難しく、まずは日本清酒グループが率先して、この“北海道酒イズム”を啓蒙していくようです。

つい最近、北海道酒造組合を中心にある計画が練られています。ここ数年、“日本酒で乾杯!”のスローガンを日本酒造組合中央会が謳っていますが、北海道酒造組合では“北海道酒で乾杯!”を協議しています。
2008年の7月に、洞爺湖サミットがウィンザーホテルで開催されますが、各国のVIPが揃うレセプションを、北海道のオリジナル酒で乾杯してもらうのです。もちろん、北海道の酒造好適米で仕込んだ酒です。
その効果としては、北海道内でのニーズ、本土からの認知だけでなく、中国や台湾、韓国などアジア市場への北海道酒アピールに一石を投じると、白髪社長は洞察しています。

「現在、北海道の観光客は、欧米の方と中国からの方とほぼ同数になっています。ですから、中国は見逃すことのできないマーケットになります。先日も高砂酒造の銘酒・国士無双の契約で、韓国企業との商談がスタートしました。高砂酒造は海外戦略やルート開発では、日本清酒よりも群を抜いて進んでいましたから、グループとしてその経営資源を有効活用できるように、今後2年間でコラボレーションを繰り返しながら、量から質への転換を図っていきます」

小規模ながら「北海道酒なら、高砂酒造!」と言わしめるような、個性を輝かせる酒造りを追求して欲しいと、白髪社長は笑顔をほころばせます。
その人となりに、さまざまな企業リーダーを経験してきた豊かな手腕を感じつつ、「北海道酒で、乾杯!」のスローガンが、声高らかに謳われる日を期待しましょう!