

手打ちそばと日本酒は、右党には垂涎のコンビ。そして、越後湯沢から長岡にかけての名物と言えば、何はさておき“へぎそば”でしょう。
“へぎ”とは、越後地方独特の大きな蒸篭(板)で、「板箱のような容器」を意味しています。昔は木を剥いで作られたそうで、“へぐ”から生まれた言葉なのだそうです。
さて、ここ越後湯沢の老舗「しんばし」には、週末ともなれば、東京から上越新幹線に乗ったへぎそばファンがわんさかと押し寄せます。
その理由は、ご主人の田村 恵司(たむら けいじ)さんが打つ、絶品の二八そば。徹底したこだわりで作られる極上の麺は、“そばの天然物”とでも呼びましょう。

しんばしは、田村さんで三代目。創業は昭和6年(1931)、国鉄上越線開通に よって布場(ぬのば)スキー場がオープンした時、食堂として暖簾を揚げました。
「当時は“そばすいとん”のほか、いろんなメニューを作っていました。冬場はスキーのお客様相手で、大わらわだったようです。昭和32年頃にロープウェイが完成して、私の親父が今の場所に移って来ました」
その後、食堂兼民宿へと変わりましたが、昭和50年(1975)東京での料理修行を終えた田村さんが戻り、そばの専門店として新装開店しました。
以来、その丹念なそば作りと吟味した素材で、関東を始め全国のへぎそばファンを虜にしているのです。
さて、しんばしの人気の秘密は、田村さんの研究心と実行力にあります。
納得のいくそば粉を求めた結果、とうとう自分自身でそばの実を育成。3反圃ほどのそば畑を手がけ、吟味した実を自家製の石臼で挽き、つなぎには天然のふのりを若干使用しています。
そして、そばツユにも本物素材を使用。黴付きの本鰹を丹念に磨き、1本ずつ手で削り、夏場冬場ごとに脂の乗りを比べて3種類をブレンドしています。今時、鰹節を手で削っているのは新潟県でも2、3軒あるかないかだそうで、ツユのうまさを頷けます。
「私は原料にこだわりたい。ようやく四代目の息子が帰って来ましたので、そば打ちは任せて、自分の好きにさせてもらってます。毎朝5時には、畑に出てますよ」
健康そうな笑顔をほころばせる田村さんが出してくれたのが、瑞々しい漬物でした。これもすべて田村さんの自家製。また、そばの薬味や味噌までも手がけ、最近はワサビ田作りにもチャレンジしているそうです。
しんばしのイチオシの品は、「身欠きにしんとへぎそば」のペア。驚くほど柔らかい身欠きニシンは、小骨が感じられないくらいまで3日間じっくりと煮付けたもの。
実はこのメニュー、文政年間に湊屋 藤助の居飲酒屋にあった品書きを白瀧酒造の高橋 社長から提案されて、「それは、いいね!」と意気投合して作ったそうです。上善如水とへぎそばを食した後は、三国街道をフラリと散策。
越後湯沢のみやげ話しに、ぜひ、しんばしの味を召し上がれ!



