

音羽亭の暖簾をくぐると香ばしい匂いが店内に立ち込め、鼻腔をくすぐりました。
おっ、これは備長炭だ!とばかりにカウンターを覗けば、焼き鳥からしたたり落ちる肉汁が、ジュン、ジュンと音を立てて白い煙を漂わせます。
「ウチは、国産の本物の備長炭しか使っていません。ですから、香りも味もじっくりとお楽しみ頂けますよ」と、ご主人の相馬 信秀(そうま のぶひで)さんは問わず語ります。
最近は至るところで中国産の“備長炭もどき”が出回り、紀州備長炭本来の味わいが誤魔化されていると嘆く相馬さんは、本場・和歌山の炭屋と独自の入手ルートを結んでいます。
カウンターの冷蔵ケースには、つやつやと光るハタハタやタラ、ミズダコなどが並び、取材班の食欲をそそります。
そんな津軽産の新鮮食材が極上の紀州備長炭に炙られ、連日、弘前の日本酒党たちは至福のひとときに酔いしれているのです。
音羽亭は、今年で15年目。相馬 信秀さんがたった一人で包丁を振るい、味の素晴らしさ、技の凄さとも、まさしく弘前のオンリーワンなる居酒屋です。
さぞかし料理人への憧れは人一倍だったのだろうと、この世界へのきっかけを訊ねてみれば「いやぁ、実は高校時代の恩師に騙されましてねぇ(笑)」と顔をほころばせます。
実は相馬さん、青森県黒石市に生まれ育ち、地元の商業高校でデザインを学んでいましたが、卒業時に恩師から「東京の新宿で新装開店する老舗の天婦羅店があるのだが、トータルコーディネートをやってみないか」と持ちかけられ、二の句もなく引き受けました。
ところが、いざ先方へ行ってみれば、「おう!よく来たな。早速だが、手伝ってくれ」と包丁を持たされ、あろうことか板前の下働きを始めることになったそうです。
「元々、子どもの頃から料理が好きだったので違和感はありませんでしたが、厳しい世界ですから、当初は毎夜ヤケ酒も飲みましたね。しかし、生来負けず嫌いな性格なので、深夜、早朝に出勤して、勉強しました。その後、銀座店や炭火焼の店などを経て、30歳の時に一念発起して帰郷、この店を始めたのです」
とは言え、開店当初は馴染み客もおらず、閑古鳥の鳴く日が続きました。そのため、深夜から早朝近くまで店を開け、流れ客を呼び込み孤軍奮闘したそうです。そして、2時間ほどの仮眠の後で、日本海側の鯵ヶ沢まで数時間かけて魚を仕入れに行く日もありました。
「東京での苦節の日々が、役に立ちました」と、相馬さんは懐かしそうに振り返ります。
そんな音羽亭のサービス精神、相馬さんの本物主義が地元客に浸透し、今や弘前で知る人ぞ知る、日本酒党の隠れ家になっているわけです。
さて、音羽亭の魅力は、紛い物一切なしの超本物素材と独創的な逸品のメニューでしょう。さすがデザイナーを目指していた相馬さんだけに、ありふれたレシピではなく、ひと味もふた味も工夫・趣向を凝らしています。
「せっかく当店にいらしてくれるのだから、よそでは味わえない美味しさと楽しさを提供したいですね。ちょっとしたアイデアが、新鮮な食材をさらに引き立てます。そして備長炭だけでなく、胡麻油で揚げた天婦羅もオススメです。江戸前の天婦羅の風味は、毎回油を取り替えないとダメですね。中でも、かき揚げは最高ですよ!」 相馬さんが自信作と胸を張る“ミックスかき揚げ”は、具の旨味とジューシーな海のエキスが、カラッと揚がったコロモに包まれています。
しんしんと雪降る弘前で、音羽亭の料理と辛口のじょっぱりを飲れば、気分はまさに“津軽の夢の中”となることでしょう。