TOP > ポンバル太郎 > 第144回 雑煮

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Vol.144 雑煮

 まばゆいばかりの日の出が、スカイツリーを金色に輝かせている。
 2016年の元旦、放射冷却現象の東京は朝から冷え込み、明治神宮へ詣でる群衆が吐く息を白い靄のように立ち昇らせた。

 ポンバル太郎へ築地市場の半被姿で駆けつけた火野銀平も、破魔矢を手にして息を上げている。待ちかねていた新年会である。太郎が元日から酒をふるまう初めての試みに、豆絞りで鉢巻きした剣も、玄関先へ清め塩を盛って準備万端だった。

「新年、おめでとうごぜえや~す!」
 あたかも木遣り唄のように銀平が口火を切ると、菱田祥一と手越マリ、顔なじみの客も続々と訪れた。昨年末、帰省することにした平 仁兵衛、右近龍二、高野あすかは参加できないと、さも口惜しげだった。

 新年会は立席スタイルで、仕入れ業者の表敬訪問も含め、店内は渾然一体だった。
「明けまして、おめでとうございます! すまねえが、俺から皆さん一人ずつへの挨拶は後回しだ。まずは江戸っ子の縁起かつぎで、桝酒を一杯やってくれ!」

 カウンターには、清々しく香る杉の枡が山型に組まれ、ズラリと並べた一升瓶は北から南まで勢ぞろい。肴は10個の鉢に盛られ、大盤ぶるまいである。酒の注ぎ役は火野銀平と菱田祥一、大皿料理は手越マリに任せた。人気の銘酒が、飛ぶように売れていく。
 剣の立つ玄関脇にはコンロと大鍋が置かれ、鰹ダシの旨そうな匂いを漂わせていた。
「たくさん飲んだら、シメは雑煮だよ! 飲む前に食べるのもいいよ、酔い過ぎないからね!」

 熱気を帯びてきた店内に、剣の甲高い声も消されている。
「おう、若ぇの。さっそく、雑煮を一杯くんねえ。いい匂いがしてるじゃねえか」
 昔かたぎなしゃがれ声が、剣の背中を叩いた。キセル煙草の匂いがして、振り向くと、三つ葉葵を家紋にした黒紋付に袴姿の老爺が顔をほころばせていた。

 いかにも、江戸っ子らしい居ずまいである。
「あっ! 以前にいらしてくださった葵家の伝兵衛さん!」
 目黒のサンマで銀平を説教した葵 伝兵衛だった。きっちりと七三分けした白髪の容貌には、ふだん鉄火場の築地を仕切っている老獪さは見えない。粋な白眉といったオーラをにじませていた。

 剣が椀に注いだ雑煮に、伝兵衛は「うむ! 味つけは、銚子の醤油だな」と満足げに頷いた。太郎の雑煮は江戸前のすまし仕立て。醤油は銚子、鰹節は本枯れ節、餅は焼いた角餅である。香ばしい餅も、鰹ダシを引き立てた。
「葵の棟梁、あたぼうよ! 江戸っ子の雑煮ってえのは、こうでなきゃいけねえよ。大きな声じゃ言えねえが、西国の雑煮は口に合わねえや」
 カウンター酒の注ぎ役を菱田へ任せた銀平が、伝兵衛に口を挟んだ。すでに酔っているのか、充分、声が大きい。

「何ば、言いよっとね! 九州の雑煮もうまかばい。アゴダシの仕立ては旨味がたっぷりで、具も芋やら海老やら、たっぷり入っちょっと」
 貫禄ある手越マリが鼻息を荒げて割って入ると、しらふの伝兵衛はたじろいだ。築地の棟梁が気圧されるとは、さすが銀座の古参ママとあらためて剣は感心した。
「ちげえねえ。トビウオのアゴダシ、それに瀬戸内じゃあ、イリコダシ(小イワシ)だが、イノシン酸てぇ旨味成分が、鰹節よりも多いんだ。昔は、四国へ仕入れによく行ったもんだ。この姉さんが言う通り、どこだって雑煮はお国自慢。それによ、土地の雑煮と飲む地酒ってえのも、うめぇもんなんだ」

 伝兵衛の気遣いに、初対面のマリがはにかんだ。
「あら! お姉さんだなんて、嬉しかことおっしゃる。こら銀平! 早う、伝兵衛さんに酒ば、注がんね」
 マリのしたたかさに、伝兵衛が腹を抱えて笑った。その声を、厨房から流れる甘い香りが覆った。
「こいつぁ、京都風の白味噌仕立ての雑煮だ。東と西の雑煮を食べ比べしながら、酒も合わせてみるってもの、一興だよ」
 そう言って太郎が両手に持つ大鍋は、白い味噌汁に京野菜の海老芋や生麩、丸い小餅を焼かずに入れていた。
「う~む。この小餅や手毬風の生麩って、いかにも上品な京都の雑煮だよなぁ」

 菱田がさっそく太郎へ一杯頼んだ時、玄関の鳴子が大きく音を立てた。新年用に取り換えた白木の鳴子は、カラカラと響きもいい。
「おめでとうさん! 今年もどうぞよろしゅう、おたの申しまっせ」
 気兼ねない関西弁に客たちがいっせいにふり向くと、黒紋付に着流しの中之島哲男が風呂敷包みを手にしていた。伝兵衛に負けず劣らずの居ずまいに、客の群れが崩れた。

 中之島がカウンターで風呂敷を開くと、重箱に関西風のおせち料理が並んでいた。太郎がこしらえた江戸前とはちがう、琵琶湖の鮎巻き、棒鱈の煮つけ、明石ダコの甘露煮など甘そうな匂いに、客たちは唾を呑み込んだ。
「わしの店で年末に仕込んでる、自家製の関西おせちや。さあ、遠慮せんと召し上がってや! ただし、まずは京都の酒で楽しみなはれ。おせちも雑煮も、土地の味つけに合う酒があってこそ、美味しゅうなりますねん」

 中之島が手にしたのは、伏見で150年続く蔵元の純米酒だった。それは、香りも髙くない、食中の旨い酒として長年、京都で愛飲されている銘酒だった。
「おおっ、なるほど。いいこと言うねえ。おう、銀平! あの御仁だろ、大阪の中之島てぇ酒の棟梁は?」
 腕組みして頷く伝兵衛は、中之島と初顔合わせだった。
 通りのいい伝兵衛の声に、羽織の紋を目にした中之島が反応した。
「いや、こちらこそ! 葵 伝兵衛はんのお噂は、太郎ちゃんからよう聞いておりまっせ」

 歩み寄る二人の匠に、客たちの目が集まった。
 揃いの黒紋付で、同じ深さにお辞儀を交わす二人は、あたかも江戸時代の旦那のようである。カウンターの隅に飾られた門松や梁のしめ縄が、和の雰囲気を盛り上げた。
「懐かしいってか、胸が熱くなるね。久しぶりに、正月らしいムードを味わえるよ」
 菱田がつぶやくと、カウンター越しに太郎も
「ああ……今じゃ見なくなった、日本の正月が目の前にあるな」
 と感慨深げに答えた。

「さあ、たんと地元の酒ば、飲まんね。あたしも、田舎の熊本ば思いながら飲むたい!」
 酔ったマリの熊本弁に、若い客たちも誘われた。
「そうだよな。せめて正月くらい、本来の食と酒を堪能しなきゃな。俺たち、日本人だもんな」
 俄かに二つの雑煮を注文する客たちが増えると、剣はてんてこ舞いの忙しさである。

 剣におかわりの椀を差し出す伝兵衛が、懐から祝儀袋を取り出した。それに、中之島も続いた。
「これは、お年玉じゃねえぞ。じゃあ、何てえのか知ってるかい?」

 お辞儀する剣に、伝兵衛が満面の笑みで訊ねた。
 小首を傾げる剣の祝儀袋へ、酔った銀平が手を伸ばして言った。
「お駄賃じゃねえかよ。ほれ、俺が答えたんだから、半分よこすんだぜ」
 イジクろうとした銀平に、中之島がため息を吐いた。
「そら、ちがうがな。お駄賃ちゅうのは、お使いに行ったことへの褒美や」
「バカ野郎! まったく、おめでてぇ奴だな。正月に渡すんだから、御祝儀だ!」
 飽きれ顔の伝兵衛が、剃り立ての銀平の頭にゲンコツを落した。
 ギャッと叫ぶ銀平に、菱田と太郎が口を揃えた。
「あ~あ、新年早々、でっかいお年玉をもらっちまったな」
 雑煮の鍋から立ち昇る湯気が、客たちの笑い声を包んでいた。

*この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。

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