TOP > ポンバル太郎 > 第161回 サクランボ酒

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Vol.161 サクランボ酒

 長いゴールデンウィークに、海外でのテロの影響か、今年は国内旅行の人気が高まっている。目玉の一つは、北海道ツアー。開通したばかりの新幹線で緑の大地を楽しむ旅に、シルバー世代が殺到している。
 聞くところによると道内ではワイナリーが建設ラッシュで、ラム肉のジンギスカンとお目当てらしい。温暖化による気候変化で、北海道のブドウ収穫が増えているのだ。
 実は、東北でもサクランボやリンゴなど果物が豊作。蔵元は、そんな地場産の果実を使ったリキュール商品も開発している。

 「ふ~ん、山形のサクランボ 佐藤錦(さとうにしき)を使った酒か……佐藤錦って、“食べるルビー”って言われる高級品だろ? ひょっとして、山田錦の大吟醸より高いんじゃねえか。それによう、果実酒ってなあ、ツマミに困っちまうぜ」
 カウンター席の火野銀平は、隣の右近龍二が持参した寒河江のサクランボ酒へ手を伸ばすと裏ラベルを凝視した。アルコールは7度、純米酒を使った甘酸っぱい軽さが女性に人気と、龍二はソーダ割りを太郎へ提案していた。
「今どきの若者はハンバーガーに合わせて、家飲みするとか。深酒せず、適度に酔えるのがイイそうです。まぁ、正統派の銀平さんは、ゾッとするでしょうけどね」
「けっ! 炭酸ジュースかよ。お子ちゃまみたいな飲み方じゃねえか!」
 鞄から炭酸水を取り出す龍二を銀平は腐したが、テーブル席のカップル客は興味ありげにサクランボ酒のボトルを見つめている。二人とも小顔なイケメンと美女だった。

 「すみません……そのサクランボ酒のソーダ割りって、頂けませんか?」
 やにわに口走った女性を、男性が「おっ、おい! カオル、ダメだよ」と咎めた。たじろぐようすに、草食系男子と見て取れた。
「すまないね。うちじゃ、まだ扱ってないんだよ。だけど、龍ちゃんが良けりゃ、味見してもらっちゃどうだ」
 厨房から現れた太郎が目配せすると、しかめっ面の銀平に向かって龍二は指を鳴らした。
 カオルが両手を挙げて、叫んだ。屈託のない少女のような声音だった。
「やった~! ラッキー! じゃあ私、ジョッキでお願いします!」
 青剃り頭でこわもての銀平へ脅えないカオルの度胸に、店内の男性客たちが目をしばたたいた。
「おいおい、お嬢ちゃん。まだ龍二はOKと言ってねえよ。それに、ジョッキで欲しいたぁ、ちょいと厚かましくねえか」
 銀平は、頼りない奴とばかりに男性を睨んだ。すると、ヘビに睨まれたカエルの男性をカオルが叱った。
「修 君。あのさ、私が窮地に陥ってるんだから、何とか言い返しなさいよ」
 店内の客たちは全員、飽きれ顔で盃や箸を持つ手を止めた。
「あんたよう! 言うに事欠いて、彼氏へ八つ当たりかよ。おめえもおめえだよ! こんな跳ねっ返りの尻にしかれてんじゃねえよ」
 売り言葉に買い言葉で、つい銀平の口がすべった。

 太郎がカウンター越しに銀平の禿頭を叩いたが、カオルの勢いはもう止まらない。
「ちょっとオジサン! 私のどこが跳ねっ返りなのよ。サクランボ酒の所有者は、このお兄さんでしょ。オジサン、関係ないじゃん。それにさ、果実酒ってオジサンみたいなノンベ世代には邪道かもしれないけど、私たちにはちょうどいい低アルコールなの」
 カオルは興奮気味に、ウンチクを続けた。
 自分たちは、子どもの頃からファーストフードやコンビニの食品を口にしてきた。だから、しっかりと濃い味が好みだ。それに、空揚げとか食べやすく加工された食品が多いから、噛まない食文化に育って、小顔で顎が細い。だから、飲み込むのに具合がいい炭酸系の甘いリキュールが好きなのだ。そんな市場が、この先の世代交代ではっきりしてくる。だから、サクランボ酒のソーダ割りをジョッキで飲むのは変じゃないと、カオルは胸を張った。
 立て板に水でエスカレートするカオルに、銀平は怒るどころか、あんぐりとした。龍二も、的を得たカオルの講釈にたじろいだ。
 だが、ふっと太郎の顔つきが険しくなった。今度は、銀平の口を止めようとしなかった。
 「こ、この野郎。俺がオジサンで、龍二はお兄さんかよ! ああ、そうかい! じゃあ、ジョッキでもバケツでも、何でも飲みゃいいさ。酒のことも少しは勉強してるみてえだがよう、あんたが間違ってるのは、果実酒を造ってる蔵元の気持ちを理解してねえことだ。行儀の悪い飲み方をするんじゃねえよ、カ・オ・ルちゃん!」
 念を押すかのように、銀平が語末へ力を込めた。それでもカオルは「オジサンの説教は、聞こえないわ」とそっぽを向いた。

 さすがに嫌気が差してきたようすの客たちに、太郎はカオルと修へ「帰ってくれ」と言いかけたが、その時、玄関の鳴子が小さく音を立てた。
 春の生暖かい夜風と高野あすかの美貌が、テーブル席の客たちをいっせいに振り向かせた。もちろん修の視線も釘づけで、カオルはまた不機嫌な顔になった。
「銀平さん、大人げないなぁ。表まで丸聞こえだよ……だけど、あなたもあなたね、カオルさん。少しは、年配のオ・ジ・サ・ンを大事にしなきゃね」
 いたずらっぽく強調したあすかに、銀平が歯ぎしりした。しかし、カオルは食ってかかるように抗弁した。
「何ですか? いきなり登場して説教するんですか? お姉さん、何様なの」
「良かった、オバサンって呼ばれずに……私は蔵元の娘だから、あなたへ教えてあげるの。さっき銀平さんが言った通り、あなたは蔵元の気持ちを分かってないわ。どんなスタイルの日本酒だって、ちゃんとしたマナーを持って嗜んで欲しいの。ジョッキでソーダ割りを否定はしないわ。だけど、龍二君からお裾分けをもらうのであれば、きちんと冷酒グラスで少しだけ口にするのがエチケットじゃないかしら。これからの若い世代は、何事にも、そんなわきまえが不足している気がするの」
 ピシャリと言い切ったあすかの声が、水を打ったかのように店内を静かにした。カオルは、ぐうの音もでない表情に変わっていた。

 すると、サクランボ酒の栓を開けながら太郎が言った。
「カオルさん。サクランボのソーダ割りに合わせるツマミを、あんた作れるかい?」
「……いえ、すぐには思い当たりません。とりあえず、出来合いの物をコンビニで……」
 カオルの言い訳に、黙っていた修が口を開いた。
「カオル、そうじゃないんだよ。龍二さんにサクランボ酒を試させてもらったなら、ツマミはこの場で考えるのが礼儀ってもんだろ。その配慮が、カオルには足りないんだよ……マスター、すみません。ツマミ作りはいつも僕の役割なので、後で考えます」

 それを聞いた銀平は深いため息を吐いたが、あすかと龍二は「なるほど、主夫ってわけか」と笑顔を見合わせた。
「まぁ、俺も同じだったよ。亡くなった妻は酒を選ぶのが仕事だったが、それに合う肴を考えるのは俺に任せっきりだったよ」
 太郎の穏やかなまなざしが修に注がれると、カオルは恥ずかしげにうつむいた。
 太郎が二人のテーブルに、錫製の細長いビアカップを置いた。
「冷やしたサクランボ酒のソーダ割りは、ジョッキよりも、これが粋に似合うんじゃねえかな」
 客席から感嘆する声が漏れると、あすかがサクランボ酒を見つめて独りごちた。
「ハル子さんに、ちょっぴりヤケちゃうな」
 錫のカップに注がれたサクランボ酒と炭酸ソーダが、カオルと修の嬉しげな瞳の中で弾けた。

*この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。

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