TOP > ポンバル太郎 > 第19回 糠のおかげ

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Vol.19 糠のおかげ

 みずみずしい色が、ポンバル太郎のカウンターを彩っていた。

 紺色はナス、緑色はキュウリ、紫は赤カブで、それらの漬物を盛りつけた鉢の前には、
“山田錦の糠漬け”“雄町の糠漬け”“五百万石の糠漬け”と書いた札と“本日 無料サービス”の紙が貼られている。

 店に入って来る客たちは鮮やかな漬物の色に目を惹かれては鉢に近づいて、菜箸で小皿に取り分けていた。
「太郎ちゃん、おもろいこと考えたなぁ。こんな糠漬けは、誰も食べたことないで」

 カウンター席に座る中之島哲男も純米酒の盃を置いて、三つの漬物に迷い箸をした。その隣では火野銀平がポリポリと音を立て、仕込み水で口を洗いながら、食べ比べをしていた。
「俺も、そう思いましてね。酒造好適米を磨いた時に残る糠は、食用米の糠とブレンドされることが多いって聞いてたので、知り合いの蔵元に無理を言って、その三種の糠をストックしてもらってたんです」
「そうやろな。精米した時の一番糠は農作や畜産の肥料になるか、漬物の糠床になるかや。食用米は、真ん中の心白に旨味が固まってる酒米とはちがって、まんべんなく米粒に栄養分が広がってるさかいに糠床に向いとる。そやから、この酒米の糠漬は案外あっさりとした、淡白な味ちゃうかな」

 中之島は山田錦の糠で漬けたナスを口にすると、納得した表情で頷いた。

 生ビールのつまみに糠漬けを試していたテーブル席の客たちも
「三つとも、浅く漬けた感じだな。吟醸酒に合いそうだね。糠に合わせて、その米で造った酒を飲んでみようか」

 と話し合い、太郎に酒を注文してマッチングを始めた。

 そのようすに頷いた銀平が、中之島に訊ねた。
「なるほど、この仕掛けは日本酒ツウならハマるよ……ところで中之島の親爺さん、一番糠って言ってたけど、二番とかもあるの?」
「ああ、二番糠ちゅうのは米菓や食品に使われることが多いんや。一番糠よりもさらに磨くから、色も白くなる。つまり、せんべいとか、おかきの原料やな」

 真剣なまなざしの銀平は、手を打って喜んだ。
「あっ! なるほどねぇ。玄米から磨けば磨くほど、あの茶色い色は消えていくわけか……だから、以前に龍二が“江戸黒”って酒を説明した時、昔は精米がやりにくかったから酒に玄米の色が残ったと言ってたのか」
「銀平、いつになく冴えてるじゃねえか」
「あたぼうよ! 糠となったら、うるせえよ。俺は、おふくろの糠漬けで育ったような男だ。うちは朝から晩まで忙しい魚屋で、おふくろは、おかずを作る間もないほどだった。だから、俺たちは腹が減ったら、丼飯に売れ残った刺身、味噌汁と糠漬けを掻き込むってのが当たり前だった。だけど最近は、糠床なんて誰も家で使わねえよなぁ。あすかみたいな若い奴らなんて、売ってる漬物しか、食ったことねえだろうな」

 その言葉に返事するかのように入口の鳴子が勢いよく音を立て、高野あすかが入って来た。鼻先をクンクンと動かしたあすかは、
「糠漬けだぁ。 私、この匂い大好き! うちのキッチンには糠床もあるんです」

 とカウンター席でやに下がっている銀平を拍子抜けさせた。
「マジかよ? お前が? 信じられねえな」
「あのさぁ、私は蔵元の娘よ。米糠はいつでも傍にあったし、母も祖母も代々、我が家の糠漬けを伝えて来たの。それに糠漬けって乳酸を使った発酵食品だから、当然、日本酒に合うし、酒と食のライターとしては糠床ぐらい、毎日、やらなきゃね」

 頬杖をズッコケさせた銀平に太郎がほくそ笑むと、中之島はウンウンと頷きながら言った。
「そやから、あすかちゃんの手は白うて、ピカピカなんか。わし、あんたがいつもペンを走らせてメモを取ってる時、キレイな指をしとるなぁと思うてたんや。まあ、蔵元の奥さんや女性杜氏の肌が白いとか宣伝やPRではよく言うけど、あんたの肌はほんまもんやな。日本酒だけやなしに、糠床のおかげもある」
雄町の糠のキュウリ漬けをつまみながら中之島が褒めそやすと、店内の男性だけでなく、女性客も美白や美肌に興味津々らしく、あすかの横顔をしげしげと見つめていた。

 そこへ手越マリが紙袋を手に提げて、のっそりと現れた。
「あっ! マリ姉さん、今日はおもしろい漬物がありますよ」
あすかの声を聞いてか聞かずか、見つけるやいなや
「これ、私の妹が送ってきよった小倉の郷土料理たい。あすかちゃんに、食べさせてやらんばと思うてね」

 とマリは袋からタッパーウェアを取り出した。太郎に手渡して開けさせると、糠の匂いが漂った。
「おおっ、これって糠みそを使ってんじゃねえか?」

 銀平の声に、三つの漬物の鉢を珍しげに見ていたマリが答えた。
「それは、“糠みそ炊き”ばい。昔からの保存食でね、大根やキュウリを漬けとった糠床をダシで溶いて、イワシやサバを炊き込むたい。とにかく魚が柔らかくなって、骨まで食べれるとよ」

 魚の切り身をじっくりと炊いた飴色の煮物は、あすかや中之島も初めてお目にかかったらしく、まさに酒の肴といった姿に思わず唾を飲んでいた。
「姉さん! これ、記事ネタに頂きます! それに、産業廃棄物になりがちな糠をリサイクルさせる料理のPRって、蔵元の娘の務めだし」

 スマートフォンで糠みそ炊きを撮影するあすかに、
「へんっ、俺だって糠のリサイクルには協力してんだよ。それはな……」

 と銀平が抗弁しようとした時、入口がゆっくりと開いて平 仁兵衛が入って来た。
「先日、里帰りをして輪島の朝市でヘシコを手に入れたから、皆さんで召し上がってもらおうと思いましてね。サバの糠漬けは、日本酒に合いますからなぁ……おや? 漬け物のサービスですか。こりゃ、糠漬けの偶然ですな」

 平が、左手にぶら提げている藁の包みをカウンターに置くと
「そう……これなんだよ、これ。ちくしょう! 火野屋でも、サバのヘシコを作ってんだよ! 平先生、タイミング良すぎて、俺の立場がねえっすよ」

 と話しの腰を折られた銀平が、ヤケクソ気味に声を高くした。

 会話の筋が見えずにうろたえている平を、中之島は隣の席へ手招きした。そして、場のなりゆきを話せば
「なるほどねぇ。銀平さんは、今夜も“糠みそ野郎”ですなぁ」

 と冷やかして、周囲の笑顔を誘った。

 その笑いを忘れたかのように、一瞬、遠い目をしていた太郎にマリが声をかけた。
「太郎ちゃん、どげんしたと?」

 太郎は、厨房の中で糠床をゆっくりと返し始めた。
「不思議です。自家製の糠漬けが、マリさんの糠みそ煮や平先生のヘシコを連れて来たみたいで……ハル子も糠が大好きでした。あいつ、特製の糠床の作り方を書き残していたんですよ。それを元にして、もうひと捻りしたのが、この酒米の糠床です」

 カウンター席が束の間、静かになった。

 赤カブの糠漬けをポリッとかじった中之島が、おもむろに口を開いた。
「どうりで味もええし、この企画はウケるはずや。ハルちゃんは行動派で、男みたいな女やったさかいなぁ。あの頃の太郎ちゃんはそれを聞き入れる、糟糠の妻ならぬ旦那やったしな」

 すると、重い雰囲気を変えるかのように、銀平が笑って反応した。
「それって、ケツに敷かれてたってことじゃん」
「うるせえや! 敷かれる嫁もいねえお前に、とやかく言われたかねえよ!」

 途端に笑いが巻き起こり、糠みそ煮やヘシコのお裾分けを待っていた客たちがカウンターに集まって来た。
「……でも、私はそんな旦那が欲しいなぁ」

 太郎の横顔へ聞こえないほどの声でつぶやくあすかに、中之島と平がニンマリとして盃を合わせていた。

*この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。

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