TOP > ポンバル太郎 > 第195回 なまはげ酒

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Vol.195 なまはげ酒

 東京駅の八重洲口に数珠つなぎだった帰省客は、大晦日を迎えて少なくなった。だが、浅草の仲見世や原宿の竹下通りは、東京で新年のカウントダウンを楽しもうという外国人客でごった返している。雷門の前では、自撮り棒を手にした中国人客が群れていた。

 ポンバル太郎は一昨日が仕事納めで、常連客たちも故郷へ帰り、ひっそりとしている。そして太郎と剣の親子は、にぎわう東京から遠く離れた男鹿半島の雪景色を目の当たりにしていた。

 秋田へ新幹線こまちでやって来た理由は、蔵元の寒造りを初めて剣に見せてやるため。子ども連れの酒蔵見学を蔵元は嫌がるが、高野あすかの従兄で、副杜氏になったばかりの高野武志から特別に誘われたのである。
 乗車率120%の新幹線には辟易したが、初めて秋田を訪れた剣は、蔵元から紹介された古びた温泉宿「おばこ」の窓から見る怒涛と吹雪、波の花が舞う海岸線に圧倒されている。
 横なぐりの吹雪に窓ガラスはガタガタと音を立てるが、囲炉裏を囲む居間の梁や大黒柱はビクともしていない。目の前には秋田名物のハタハタやタラの白子など、ごちそうの夕餉が並んでいた。

「同じ日本酒を造る蔵元なのに、京都の伏見とはまったく別世界だね。こんなに環境がちがうと、お酒の味にも影響するだろうなぁ」
 独りごちる剣に太郎はクスリと笑っただけで、女将が持って来た秋田の純米酒の上燗を手酌した。その内心、いっぱしの口を利くようになったもんだと、座高が自分に追いついてきた息子を一瞥した。 
 酒はまだ飲めないが、剣の酒と食の知識はSNSで評判になり、彼を目当てにやって来る女性客もいる。しかし、来年からは中学へ通えば、勉強に部活にと店の手伝いもひと段落をつけねばならない。
 春からはアルバイトを雇うつもりの太郎だが、剣には、まだ打ち明けていなかった。
 剣は、ポンバル太郎の客に孝行息子と褒められるたび、中学を出れば父と仕事をすると答えていた。「ガキの戯言ですよ」と客へ苦笑していた太郎だが、いつの間にか現実味を帯びている。

「父ちゃん、今年もお疲れ様でした。僕、来年から中学だけど、店はこれからも手伝うからね」
 丹前姿の剣が、太郎に畏まって頭を下げた。囲炉裏の炭火が、パチンと爆ぜた。
 ひと呼吸を置く太郎に、剣の箸が止まった。そのタイミングを図ったように、太郎が口を開いた。
「いや、そろそろ潮時だ。実は、アルバイトを募集しようと思ってな」

 言いづらそうに盃を口につける太郎へ、剣が「えっ……や、やだよ僕」とそっぽを向いた。なりは大きくなっても、ふくれっ面にはあどけなさが残っている。
「ダダ、こねてんじゃねえ。中学に入りゃ、ハンパなことやってると勉強についていけなくなる。酒の銘柄よりも、英単語を覚えろ。俺は、そのケジメをつけようと、お前と酒蔵見学にやって来たんだ」
 声高になった太郎の声が、障子戸の向こうの足音を止めた。鍋料理の仕度にやって来た女将の気配を太郎は察したが、剣は気づかずに答えた。
「僕、部活しないつもりだから、勉強は帰って来たら、ちゃんとやるさ。だからさあ、アルバイトなんて雇わないでよ。それに、中学を卒業したら、すぐにうちで働くからさ」

 剣の半ベソが尻すぼみになった時、「お邪魔しても、いいだべか?」とおっとりした秋田弁が聞こえた。女将の訛りに、太郎と剣の緊張がほぐれた。
「まんず、年の瀬に親子げんかはよぐねえな。坊ちゃん、おどうさんの言うことはちゃんと聞かねえど、男鹿じゃ、なまはげに連れてかれるべ」
 ふっくらと太った五十歳前後の女将は、できたてのきりたんぽ鍋を囲炉裏に掛けながら剣に笑った。白い湯気の中に見え隠れする女将の赤い頬が、気落ちした剣を優しく包み込んだ。

「うまそうな、きりたんぽ鍋だ。おい剣、アルバイトの件は一時休戦だ。アツアツのきりたんぽを、さっそく頂こうじゃねえか」
 比内鶏から染み出た金色の脂が浮かぶダシに太郎が目を丸めると、剣も思わず唾を呑んだ。だが、女将の口からは意外な言葉が洩れた。
「さあて、どうだべか。うちの息子が初めて作った、きりたんぽ鍋でねぇ。秋田市の料理店で3年ほど働いてたけどぅ、今月、うちに帰って来たの。こんだな古臭ぇ旅館なのに、どうしても、跡を継ぐって聞かねえのさ……さっきのお話、立ち聞きしちまったけど、うちの息子も小学生の頃、こんな年の瀬に、坊ちゃんと同じようなことを言ったんだ」

 思わぬ展開に、太郎が比内鶏の肉を鍋から取りながら訊いた。
「じゃあ……女将さんや旦那さんは、悩みませんでしたか?」
「そりゃ、困ったもんだべ。うちのおどうはバカこぐでねぇって怒り出すわ、息子は高校にゃ行がねぇて泣き出すわ……だどもね、男鹿の神様はようぐしたもんでね。なまはげの酒で、一件落着したの」
 女将は鍋に入れるキリタンポを囲炉裏火で炙りながら、佐竹粂子と名乗り、話を続けた。揺れる炭火と粂子の言葉は、おとぎ話の語り部のように剣と太郎を癒した。

 男鹿の“なまはげ”は、昔から村の若者が鬼の面をかぶり、藁のケラミノやケダシ、脛布(はばき)を着けて、木製の出刃包丁を手にしてやって来る。それは、年越し神が各家庭を訪れ、祝福を与える習わしで、「泣ぐ子はいねがー、怠け者はいねがー」「親の言うこど聞がねガキはいながー、ウォーウォー」と一勢に奇声を上げ、土足のまま廊下から座敷へ入って来る。
 すると、家の主人は額づいてなまはげに謝り、機嫌を取りながら酒をふるまって、丁重にもてなす。当然、どこの家長も子どもたちをかばって、なまはげを上手に帰すのだが、自分の主人は「こいつは、親の言うことを聞がね!」と息子を差し出したのだと、粂子は懐かしそうに破顔一笑した。

 興味津々で聞き入る太郎と反対に、剣は鼻白んだようにつぶやいた。
「なまはげって、迷信だよ。小学校6年生だった息子さんだって、信じてなかったでしょ?」
 途端に、太郎の形相が一変して「バッカ野郎!」と剣を叱りつけた。
 剣が失言したのは、アルバイト募集への焦りからだった。だが、人の良さげな粂子の打ち明け話に対する無礼な物言いを太郎は許すわけにいかなかった。

 囲炉裏端で仁王立ちする太郎に、剣の顔が青ざめた。
 その時、障子戸を激しく揺さぶり、畳を強く踏む音が轟いた。外の吹雪のせいではない、誰かが暴れるような音だった。
 次の瞬間、「ウオ~! ウオ~!」と叫ぶ鬼が、障子戸を開いて現れた。藁ミノを着た赤い鬼面のなまはげは、出刃包丁を振り回して部屋をのし歩いた。聞くと見るとは大ちがいで、ド迫力のなまはげに太郎は感心したが、小馬鹿にしていた剣がおびえている。

「どうだべ坊ちゃん、おっがねえだろ? 心配ねえだ、うちの息子の哲也がやってるだよ。今年から、大晦日にはお客さんの前で、なまはげさやるべと言い出してねぇ……それも、あん時のなまはげ酒が、きっかけだ」
 女将が遠い目をして話を続けると、ひとしきり暴れたなまはげは太郎と剣の間へドッカと腰を下ろし、肩で息をしていた。恐ろしい鬼面を外した哲也は、女将によく似た布袋様のような笑みを浮かべて言った。
「坊ちゃん、あんだのおどうさんを手伝いたい気持ちは、よぐ分かる。今時、珍しい都会っ子だなぁ。だども、焦っちゃダメだ。他人の釜の飯ば食わねば、いい跡継ぎにゃ、なれねえよ……それと、おどうさん。あんだも、息子の気持ちをようぐ褒めてやらねば、なんねよ。俺が小学校の時、村のなまはげは、俺のおどうに、息子をなまはげに差し出すとは何事かと諭した。だがら、今夜は、俺があんただちを諭してあげるべ」

 息子は藁ミノの下から徳利と盃を取り出すと、太郎へ手渡し、酒を注いだ。そして、剣に粂子が白湯の盃を手渡すと、哲也は二人と差し向った。
 通常は家長からなまはげに酌をするのが決まりだが、哲也は、宿に泊まった客たちの一年の反省や悩みや聞きながら、なまはげから酌をすると言った。
「あの時、おどうと俺の本音を、なまはげが酌をしながら聞き出してくれたのさ。意地を張ってばかりだったおどうも、村の信仰であるなまはげに諭されて、素直になった。中に入ってるのは村の若者でも、なまはげは、そういう存在だ。だがら、ここへやって来るお客さんにも、御利益があればと思っでね」

 ほころんだ哲也の顔が、囲炉裏の間の梁を見上げた。視線の先に、父親とおぼしき男の遺影が掛かっていた。粂子を助けるために哲也は実家へ戻ったのだろうと、太郎だけでなく剣も悟った。
「なまはげ酒……お前が大人になったら、一緒に飲ませてもらいに来たいもんだ。剣、約束だぞ。勉強も部活も、店の手伝いも、きちんとやり通せよ」
「うん! 約束します。なまはげに誓って!」
 真顔の剣が白湯の盃を飲み干すと、哲也が「いい飲みっぷりだべ」と頭を撫でた。
「なまはげに撫でられた子は、立派になるべな」
 粂子が剣に鍋で温めたきりたんぽをよそってやると、どこからか除夜の鐘が響いた。

*この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。

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