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Vol.27 焼き燗

 立て続けに台風が過ぎ去った週が明けると東京は一気に秋冷えを迎え、銀座や渋谷の町ではロングブーツを履く気の早い女性たちが目立ち始めた。

 ポンバル太郎を訪れる客たちもジャケットや背広に衣替えし、平 仁兵衛などは厚手のアランセーターを着て、ツイードのハンチング帽を目深にかぶってやって来た。

 いまだにTシャツ姿で日焼けした太い腕を見せつけている火野銀平が、平の格好に眉をしかめた。
「ありゃりゃ、先生! いくらなんでも、そのセーターはまだ早いんじゃねえすか?」
「いやいや、転ばぬ先の杖。我々の歳になると、ちょっとした油断から体を冷やして、風邪をこじらせますからね。寒いと思ったら、このセーターとこいつで防寒対策ですよ」
カウンター席に座る平が手提げ袋から和紙包みを取り出すと、銀平だけでなく厨房から出て来た太郎も、紙の中から現れた土色の塊を見つめた。
「ほう、鳩徳利ですか。それにしても平先生、ずいぶん年季が入って来ますね」
それはゆがんだ徳利を横に寝転がしたような陶器で、ところどころ焼け焦げた色を浮かべている。
「確か、囲炉裏端で熱い灰に差したり、置いたりして、燗するんだよな……俺はやっぱり、湯煎の燗が一番だぜ。人肌燗とかひなた燗とか、微妙に温度が変えられて粋じゃねえすか。それに先生、ここには囲炉裏も灰もありませんよ」

 銀平の声に、平はようやく煤がなじんできた竈に視線を投げて答えた。
「辛口の本醸造を竈の炭火で焼き燗にすると、ことのほか、うまいんですよ。炭火の遠赤外線効果でお酒をまんべんなく温めて、まろやかな熱燗になります」
「それに、燗冷ましもけっこうイケましてよ」

 今、やって来たばかりの高野あすかの声に、平は鳩徳利で酒を注ぐふりをして隣へ誘った。
「焼き燗の酒は、冷めるとスッキリとした旨味が出てくるんです。どうしてなのか不思議ですが、シメの寝酒にそいつをチビチビやると朝が楽ですね。まあ、私の若い頃はお燗をつけるのは湯煎か焼き燗で、昨今みたいにレンジでチン! じゃないから、見た目にも美味しさがちがいましたなぁ」

 二十年間使い込んでいるその鳩徳利をあすかに自慢すると、平は太郎へヒソヒソと耳打ちして焼き燗を頼んだ。

 すると、またもや背中に声が飛んで来た。
「平先生、見た目だけじゃなくて、焼き燗は本当にレンジ燗よりうまいです」

 カウンター席の三人がいっせいに振り返ると、驚いたことに右近龍二も平の物とそっくりな鳩徳利を鞄から取り出していた。
「僕も、焼き燗が好きです。遠赤外線で、徳利の中の酒の対流がうまくいきます。電子レンジだと、どうしても電磁波のせいで器の上と下の酒の温度がちがってしまう。割り箸を一本グラスに差せば、対流が変わって効果的らしいですが、なんだかシミッタレてるし。それで焼き燗をやりたくて買ったものの、まったく使ってません。ようやく太郎さんの竈なら、イケると思いまして」

 龍二が徳利の肌を満足げにさわると、銀平があきれ顔で冷酒グラスを飲み干して言った。
「二人とも、同じ穴のムジナか……まったく、酒飲みの親子タヌキみてえだな」
「じゃあ銀平さん、だまされたと思って飲んでみなさい」

 平の声と同時に、赤々と備長炭のいこっている竈の中へ太郎が二つの鳩徳利を並べた。薄く広げられた炭火が鳩徳利の肌をほのかに照らし、じっくりと焼けていった。

 そのようすに、あすかがポツリとつぶやいた。
「幻想的ですね……ほんのちっぽけな徳利だけど、このシーンはずっと昔から日本人の傍にあって、囲炉裏と焼き燗に癒されてたんだろうなって思います」

 また難癖をつけそうな顔の銀平だったが、焼き燗の炭火を真剣なまなざしに映している太郎と龍二を見て、決まり悪そうに口ごもった。
「あすかさん、なかなか風流な感想ですねぇ。でも、私にはもっとおもしろい動機があるんですよ。それは……」

 その平の言葉をさえぎるかのように、突然、竈の中の鳩徳利にひび割れが走った。割れ目から噴き出した燗酒を浴びた炭火がジュンと音を立てると、白い湯気が厨房に立ち昇った。

 驚いたあすかがカウンター席から後ずさると、銀平が湯気を払いながら叫んだ。
「言わないこっちゃねえ、だから、焼き燗は好きじゃねえんだよ!」

 銀平は、太郎を手伝おうとあわてて厨房へ入った。だが、太郎は換気扇を強く回しただけで、動じもしない。それどころか、割れずに焼き燗ができた龍二の鳩徳利を竈から取り出し、銀平に顎を振って命じた。
「ほら、席に戻って、これ飲んでみな……平先生は、徳利が割れる時を待っていたんだよ。さっき耳打ちしてたのは、割れたらゴメンって言い訳だ。まあ、こんなに焼きが入った陶器はそろそろ割れてもおかしくない。それにしても先生、どうしてですか?」

 太郎は鳩徳利が割れた瞬間、ほくそ笑む平を目の端に入れていた。

 平はハンチング帽を脱ぐと、図星とばかりに合掌した。
「ひび割れた鳩徳利で、占いをしようと思いまして。いわゆる、昔の亀占(きぼく)のようなもんです。実際、山国では、焼き燗の徳利の割れ方で縁起かつぎや家内安全を占っていたんです」
「亀占って、陰陽師が亀の甲羅を焼いて、そのひび割れで吉凶を占うって、あれですか? 先生って、そんなの信じる方なの?」

鳩徳利のイメージ

 あすかが呆れ顔で訊ねると、平は銀平に盃を差し出して焼き燗の酒をせがみながら答えた。
「まあ、私は陶芸家の端くれだし、酒飲みの浪漫じゃないですか。そして、今は十月の神無月。神様が出雲に行ってしまって、家にはいないわけです。だから、焼き燗の占いはけっこう信じたくなりますねぇ」

 ひび割れた鳩徳利を見つめる太郎と龍二が笑みを合わせると、銀平が盃を飲み干して言った。
「ふ~む。この味、なかなかシミるじゃねえですか。ところで、俺も鳩徳利を買おうかな。太郎さん、焼き燗の占い、俺にもやらしてくれる?」
「やめときな……お前みたいに毎日飲んだくれてる奴の焼き燗なんて、ひび割れる前に、鳩徳利が砕けちまうよ」

 太郎がニヤついた顔でそしると、あすかも手を上げて叫んだ。
「あっ! 私も、それを言おうとしてましたぁ」

 焼き燗の酒に、カウンターの面々の笑顔がほのかに赤らんでいた。

*この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。

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