TOP > ポンバル太郎 > 第35回 どぶろく

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Vol.35 どぶろく

 ポンバル太郎の冷蔵ケースからひやおろしのレッテルが消え、白く濁った一升瓶が並んでいる。

 銘柄はさまざまだが、「どぶろく」とか「にごり」の文字が同じように覗き、新酒の仕込みシーズン到来を告げていた。
「今年は、どぶろくの登場が早いですねぇ。まぁ、私としてはとっても嬉しいことですが」

 カウンター席で茶碗のような肉厚のぐい呑みを手にする平 仁兵衛が、湯気を立てる鴨鍋を前にして頬を火照らせていた。その鍋を一緒につついているのはポンバル太郎の常連客になりつつあるニューヨーカーのジョージで、しらたきを取る慣れた箸使いに、店を手伝う剣が目を丸くして言った。
「ジョージさんって、お蕎麦も上手に食べちゃいそう」
「ええ、剣君。でも、私は蕎麦よりも、うどんが好きです。さぬきうどん、ベリーグッドですね。ニューヨークでも、うどんはファストフードとして売れています」

 厨房から出て来た太郎は剣にそろそろ二階に上がって勉強しろと諭すと、うどんの皿をカウンターに置きながら、ジョージに訊いた。
「それで、鍋のシメにうどんを選んだのか。ところで、アメリカじゃ米にしてもうどんにしても、白い日本の食材が人気だな。そう言えば、豆腐もロサンゼルスで売れてるらしいね?」
「はい、ヘルシーな食品として女性に人気です。豆腐ステーキや豆腐ピッツァが人気で、“豆腐マン”ってキャラクターもいます。でも私は、やはり冷やっこがレアで、好きですね」
どぶろくに酔って高い鼻筋を真っ赤にしているジョージに、平がうどんを鍋に入れながら感心した。
「へぇ!? まさか、アメリカで冷やっこって言葉が使わてるとは思いませんでしたなぁ」
「平先生、日本食のファンには、もう当たり前に使われています。それに、にごり酒も最近はブームになっています。どぶろくの白いイメージが、アメリカではヘルシーでシンプルなのです。ただ、その魅力を伝えるストーリーがアメリカ人には乏しいですね」

 ジョージがぐい呑みのふちについたどぶろくの泡をうまそうに啜りながら答えると、太郎と平は、なるほどと顔を見合わせた。

 その時、開きかけた入り口の扉から声が聞こえた。
「それなら、私がお教えしますわよ。でも、アメリカの日本酒事情も聞かせてね」

 赤いハーフコートを脱ぐ高野あすかは、テーブル席の客たちの視線を集めながらジョージの隣に座った。記者同士の二人は、すでに何度かカウンター席で顔を合わせていた。

 福島県の蔵元のどぶろくに、あんこうの小鍋を注文したあすかは
「私の母から聞いた話しですけどね」

 と前置きをして語り始めた。
簡単に造ることができるどぶろくは、侍の時代から家庭でも密かに造られていた。
しかし、明治時代には酒税が日本の歳入の三割になり、密造酒を法律で禁止した。それでも農家は無視して造り続けたために、政府は全国の農村への監視を厳しくした。
「ところが、ここからがおもしろいの。当時、お酒を飲めなくなるのは、生きる楽しみを奪われるようなものだったんだなぁって、実感しちゃう話しなの。私の実家がある相馬の町にも、昭和の始め頃に国税のお役人がやって来て、密造酒の取締りをしたらしいです」

 あすかが話しを続けるようとすると、ジョージはジャストモーメントとつぶやいて、鞄から小型レコーダーを取り出した。

 太郎が気づくとテーブル席の客たちも聞き耳を立て、店内が静かになっていた。二階へ上がる階段には、興味深げな顔の剣が座り込んでいる。

 あすかは、その雰囲気に愉悦しながら、どぶろくをひと口啜った。
「この独特の匂いで、どぶろくを密造してることは判っちゃうんです。だから、押入れや箪笥や、床下に隠してもバレちゃう。それで、私の実家の酒蔵なら酒造免許があるから預かってくれって、あっちこっちから頼まれた。でも、蔵元は製造量が決まってるから、それ以上に在庫が増えてると怪しまれる。それで、どぶろくの甕を油紙で念入りに包んで、肥溜めや井戸や池に沈めて隠したの」
「ほほう! そりゃ、凄い」

 平が嬉しげに声を高めると、テーブル席で感心ともため息ともつかない声が上がった。
「肥溜めって、なんですか?」と訊くジョージに太郎が耳打ちすると
「ワオッ! クレイジィ!」

 とのけぞって、飲みかけたどぶろくをぐい呑みからこぼしかけた。
「あすかさん、それで、バレちゃったの!?」
階段から剣が叫ぶと、あすかが振り向きながら笑った。
「たいていの場合は、抜き打ち検査だったから、見つかっちゃたらしいの。だけど私の実家がある町では、駐在所の警察官もどぶろくが飲めなくなると困るから、町の人と一緒になってバレないように誤魔化した。例えば、お役人が突然やって来るとお寺の鐘を鳴らして町中に伝えた。そして町の人たちは総出でお役人を歓迎し、三日三晩上げ膳据え膳の接待で酔わせて、見回りができないようにした。その隙に、ほとんどの農家のどぶろくを山の中に運んで、隠しちゃったの」
「みんなで、グルになったんだ! おもしろい!」

 剣の声に店内の客たちが手を叩いて喜ぶと、太郎に難しい語句を訳してもらっていたジョージは何度も頷いた。
「とっても日本人的なエピソードですね。これは、どぶろくをPRするストーリーになります。あすかさん、ありがとうございます」
「じゃあ、今度はジョージさんに、アメリカの日本酒の話題を聞かせてもらおうかな」

 太郎が運んできたあんこうの小鍋にニンマリするあすかが、どぶろくをひと口飲んで言った。 

 その時、扉の鳴子が大きな音を立てて、火野銀平が嬉しげな顔で入って来た。その手には黄色いペットボトルを手にしている。
「太郎さん、ついにできたぜ。自家製のビールだ! この前に話してた通販で買った手造りビールキットで造った。なかなかの味だぜ……おっ、あすかに、ジョージもいるのか? ちょうどイイや。ビール好きのアメリカ人に評価してもらおうじゃねえか」

 銀平は自慢げに、カウンター席へドッカリと座った。

 すると、その背中をトントンと誰かが叩いた。
「あのさ、そのビールってアルコール分1%超えてないよね?」

 銀平が振り向くと、剣が笑顔を見せていた。
「そりゃ剣、測ってなんかいねえし、もっとあると思うぜ。だいたいよ1%以下なんて、ビールじゃねえだろ?」
「それじゃあ、犯罪だよ」
「は、犯罪? じょ、冗談じゃねえよ」

 口をとがらせる銀平に、太郎が声を投げた。
「そりゃ、お前の方だよ。個人が合法的に製造できるのは、アルコール分が1%未満の物だけだ。それなら酒税法上の酒じゃないから、酒造免許なしで自由に製造できる。だから、お前の造ったビールもどきは違法酒の疑いがあるってわけだ」
「そ、そんなぁ。マジかよ」

 しょげる銀平の肩を叩くあすかが、ジョージや太郎に目配せした。
「まあ、黙っててあげましょ。日本人的にね。でも、ちゃんとアルコール分を測るのよ」

 それに返事するかのように、ぐい呑みのどぶろくの泡がプチンと弾けた。

*この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。

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