TOP > ポンバル太郎 > 第48回 納豆菌

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Vol.48 納豆菌

「おう! これを食べるの、とても難しいですね」

 カウンター席で小鉢のイカ納豆をつまもうとしている雑誌記者のジョージが、すべる塗り箸に手こずっている。おかしな抑揚のジョージの声へ、テーブル席の客たちは物珍しげに視線を集めた。
ジョージのおぼつかない手元に、右側へ並んでいる高野あすかと右近龍二が苦笑いした。カウンターの端っこでは、中之島 哲男と能登杜氏の矢口の顔もほころんでいる。
「ええぃ! めんどくせえ野郎だな」

 ジョージの左隣りで純米吟醸のグラスを傾けている銀平は、おせっかいを焼いて小鉢の中身を混ぜ、塗り箸にからめてやった。
「どうも、サンキュ。銀平さん、いつも口が悪いけど、本当は優しい人なんだね」
「ちっ、うるせえな! おい、ジョージ。あすかと記者同士で仲良くやってるらしいが、最近どうもひと言多いのは、そのせいじゃねえのか? あいつのくだらねぇところよりも、俺の箸使いを真似しろってんだ」

 舌打ちした銀平が箸を回しながらぼやくと、間髪入れずに高野あすかが反撃した。
「ちょっと、それってどういう意味よ!? ひと言どころか、銀平さんの場合、つっこみどころは枚挙にいとまがないわよ」
「な、何だとう! 言わせておけば、この野郎!」

 鼻息を荒くした銀平は、ジョージが受け取ろうとする小鉢をいっそう力まかせにこねくり回した。ねっとりと長い糸を引くイカ納豆に、ジョージが目を白黒させた。
「おいおい、銀ちゃん。もう、ええかげんにしとき」
「中之島の師匠! あんたも男なら、止めねえでくれよ」
「ちゃうがな。わしが止めて欲しいのは、そのイカ納豆や。関西人のわしの前で、納豆をグルグルやるのは酷やがな」

 途端にポカンとする銀平の手が止まって、カウンター席は水を打ったように静まった。
次の瞬間、腹を抱える太郎の笑い声が響いた。
「あっははは! そうだった。大阪人の中之島の師匠は、納豆がダメでしたね。でも、これって肉厚の紋甲イカと水戸納豆だから、超うまいんだけどなぁ」
「あかん、あかん! 堪忍してくれ!」

 両手と首をジタバタ横に振る中之島に、あすかと銀平はもめるのも忘れて見入っていた。

 その隙間に、龍二が口を挟んだ。
「そのお話、よく聞きますよね。もともと関西はまったりとした香りと薄味の料理が主でしたから、納豆の強烈な臭いは受け入れにくかったそうですよ。それじゃあ、北陸育ちの矢口杜氏さんはいかがですか?」

 龍二の質問に矢口が一瞬、憮然とした表情を覗かせると、中之島はいわくありげな笑みを口端に浮かべ、徳利の純米酒を盃に注いだ。ふと見ると、太郎も素知らぬ顔で聞き流していた。
「龍二さん。私は杜氏ですから、納豆などもってのほか。食べるはずがないでしょう。あなた、日本酒の専門家を自負してるにしては軽率な質問ですよ」

 眉根をよせる矢口に龍二は詫びるでもなく
「その答えを、待っていました!」
と答えながら、テーブル席の客たちへ矢口の視線をうながした。

 ぬる燗の山廃純米酒とイカ納豆に舌つづみを打つ男たちは、矢口の言葉に
「どうして、杜氏は納豆を食べちゃいけないんだろ?」
と首を捻っていた。彼らが飲んでいるのは、矢口の造った酒でもあった。
神妙な面持ちで黙り込む矢口に、中之島が声をかけた。
「矢口はん、龍ちゃんはわざと訊きましたんや。わしらのような酒匠には当然、納豆は禁物やけど、一般の人たちにはその理由が解らん。杜氏のあんたから、それを教えてあげて欲しいんですわ……そういう魂胆やろ、龍ちゃん?」
「はい、図星です。ましてや、あのお客さんたちは矢口さんの酒の大ファンですからね」

 龍二の心根を知った矢口は唇を噛んで深いおじぎを返すと、おもむろに立ち上がりテーブル席へ歩み寄った。そして自己紹介をすると、客たちからどよめきが沸き起こった。

 矢口は、納豆を食べない理由を述べた。納豆を発酵させている納豆菌は繁殖力が強く、米麹を造る菌や酒母を発酵させる酵母を滅してしまう。だから、杜氏や蔵人はいっさい口にしてはならない。それに、蔵元見学者の体に付着した納豆菌が広がる可能性もあるので、お客様たちも蔵を訪れる際には、朝ごはんに納豆を食べないよう注意して頂きたいと頼んだ。

 納得した客たちは、敬愛する矢口に握手を求めた。矢口はフェイスブック用にと一緒に写真撮影を求められ、はにかみながら応じた。

 そのようすをジョージとあすかは抜け目なく取材し、メモを取っていた。
「けっ! いつも、まどろっこしいことをしやがって」

 銀平が冷酒グラスを舐める龍二に文句をつけると、あすかがペンを止めて言い返した。
「ほんと、銀平さんって素直じゃないわねぇ。納豆菌より始末が悪いわ」
「てっ、てめえ! もう一度、言ってみやがれ」

 またもや悶着が再燃しかけると龍二が二人の間に割って入り、太郎と中之島はほころんだ目尻を見合わせた。
「あいつら、納豆菌と麹菌の関係ですかねぇ」
「まあ、あれでけっこう、うまいことなっとるがな」

 口角に泡を飛ばす銀平をはがい絞めした龍二が、はっと顔を上げて言い放った。
「そういえば、銀平さん! 明日は、栃木の蔵元見学へ行くんじゃなかったの?」
「あっ……ヤベえ」

 赤面する銀平の視線がイカ納豆の小鉢にくぎ付けになると、中之島があきれ顔でつぶやいた。
「う~む、そのアホなところは、いっそ納豆菌に食われた方がええかもなぁ」

*この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。

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