TOP > バックナンバーコンテンツ > 歳時記(第32回)


「山廃」とは、酒母製造方法の一つ。日本酒造りでは酵母を増殖させる過程(酒母)で「速醸系」と「生もと系」に分かれますが、「山廃」は「生もと系」に入ります。「生もと系」は、自然の力で酵母を育てる製法。麹、蒸し米、水を櫂棒で摺りつぶす「山卸」という作業をしていましたが、それを廃止した作り方なので「山廃」と呼ばれます。力強く、重厚で骨太な味わいが特徴。温めることにより旨味成分が増すので、燗酒に良く合います。
さまざまな味が重なり合った複雑さ。それが山廃仕込みで作る日本酒の特徴です。山廃は、日本酒のもととなる“酒母”を作る際、乳酸を添加するのではなく、自然の乳酸菌の力を使います。そのため、当然ながら仕込みに手間と時間がかかりますが、そのおかげで奥行きのあるしっかりとした味わいになるのです。
一筋縄ではいかない山廃。その肴として料理長の倉田さんが合わせたのが、品がありながらも山廃に負けないインパクトのある料理。「世界三大珍味の一つと言われるキャビアは、非常に高級な食材。だからこそ、この上品なうまみを山廃とともに味わって欲しいと思いました。菜の花の棒寿司は、ほかではあまり見かけないはず。菜の花が旬のこの時期におすすめです。牛タンのみそ漬けは、分厚さにこだわったので、かなり食べごたえがありますよ」。
冷やでも、燗でもおいしいのが、山廃のいいところ。口に含んで、香り、コク、味わいをゆっくりと感じながら、料理とのマリアージュを楽しんでください。

キラキラと輝く黒色の粒。これほどまでに人々の心をつかむ珍味は、ほかにないのでは? ご存知の通り、キャビアとはチョウザメの卵のことで、高級食材としてオードブルなどに用いられます。洋風のメニューに使うことが多いので、日本酒にキャビア!? と驚かれる人も多いかもしれませんが、甘みと酸味のある山廃との相性は抜群です。キャビアの魅力は、何といっても品格を感じるうまみと絶妙な塩加減。大根にのせ、レモンをひと搾りしていただけば、贅沢なひとときを過ごすことができます。

ほろ苦くて、香りのいい菜の花。色鮮やかな緑色は、穏やかな春の訪れを感じさせてくれます。そんな菜の花の味わいと、さっぱりとした酢飯を組み合わせたのが、菜の花の棒寿司です。菜の花はさっとゆで、だしに浸して味を含ませます。これを酢飯にのせ、だしのジュレをかけてゆずの香りをまとわせれば、味、見た目、そして香りも楽しめる一皿に。合わせる日本酒は、酸味がほどよく、まろやかな味わいの山廃がおすすめです。

まずはその分厚さに驚き、続いて箸で切れるほどの柔らかさに感動する、牛タンのみそ漬け。牛タンは、最初に圧力鍋で2時間ほど火を入れてから、特製の合わせみそに丸一日漬けこみます。みそに漬けてうまみが増したものを炭火であぶれば、何ともいえない香ばしさに。青唐辛子みそをつけていただけば、ピリリとした辛さに刺激され、ついついお酒が進みます。手間隙かけたこちらのメニューには、こってりとした山廃をぜひ合わせて。

19歳で料理人を目指し、カフェ、居酒屋、無国籍料理、イタリアン、和食、洋食などあらゆるジャンルの料理人を経験。和食の真髄を極めるため、東京の店で働きながら京都の料亭に約5年通って料理修業。その向上心は留まることを知りません。「日本橋は新しい物事の発信地として栄えた歴史ある町。その伝統は今も息づいています。自分も新しいおいしさを発信し、この町のイメージを裏切らないように常に挑戦していきたいですね」。慣習にとらわれず、新しいものを取り入れて発信していくのがこの町の伝統。その心意気をぜひ味わって。
※歳時記で紹介している"肴"と"地酒"は期間中のみニホンバシイチノイチノイチで味わえます。