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地酒の用語集

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  • 地酒用語集
「ぐい飲み」「平盃」「高盃」など、盃にはいろいろな形がありますね。
こんなに種類が豊富になったのは、清酒が庶民の飲み物となった江戸時代以後のこと。
それまでは侍社会にはやった漆塗りの盃や、神事に使われた素焼きの土の盃が一般 的でした。あの結婚式の三々九度で使うような、平たい形の物が多かったのです。
その理由は、日本人の先祖が貝の殻を盃として使ったことにあります。
言われてみると、神社の祭壇に飾られている白い平盃は、どことなく貝に似ていますね。
昔からアワビやハマグリなどを神様にお供えしていたことも、盃の誕生と深い縁があるようです。
余談ですが、ヨーロッパでは動物の骨や角から酒器が作られ、現在のビヤジョッキ、ワイングラスなどの原型だと言われています。
現在、全国各地にはさまざまな陶器や磁器があります。陶器は1000℃~1200℃ぐらいで焼き、原料の土には鉄分が含まれているので、酸化によって黄色、茶色、褐色などに変化します。
ちょっと思いつくだけでも「九谷焼(石川県)」、「益子焼(栃木県)」、「瀬戸焼(愛知県)」、「清水焼(京都府)」、「備前焼(岡山県)」など、キリがないほどですね。
これらの陶器は日本古来の須恵器が原型で、鎌倉時代になると備前、丹波、信楽、越前、常滑、瀬の「六古窯」ができました。しかし、当時は高貴な人しか手にすることはできませんでした。
これが戦国時代の後半から「茶の湯」の碗によって、だんだんと庶民にも使われる陶器が誕生し、酒器でもさまざまな色や柄の陶器が作られるようになったのです。
一方、磁器は大陸の朝鮮から入って来た焼物で、1300℃~1500℃の高温で焼き、土器や陶器よりも薄くて軽いのが特長です。
室町時代の頃までは堺の商人たちが売る宗や明の高級な輸入磁器ばかりで、庶民の酒器としては実用性に乏しい、装飾品ばかりでした。
ところが、豊臣秀吉の文禄・慶長の役(1592~1598)で朝鮮に侵攻した時、その武将たちが連れて来た李朝おかかえの陶工たちによって、日本の磁器文化が始まりました。
特に肥前の国(今の佐賀・長崎周辺)を中心に栄え、その原点はいわゆる「有田焼」、古伊万里の元祖と言われています。
エキゾティックな色柄の有田焼は江戸時代には全国へ伝わり、各地で磁器酒器が作られるようになりました。
日本人の装いである着物には、袂(たもと)があります。いわゆる袖のふくらみですね。 実はこれが、盃の形とおもしろい関係にあります。
袂は古い時代ほど長くて、現代の振袖のような形でした。これが戦国時代には、「小袖」といった短い丈のものが生まれ、さらに江戸時代は筒袖(つつぼ)などの動きやすい作業向けの物が広がります。
こうして長い袂は上流階級に好まれ、短い袂になるほど庶民の着物となりました。
長い袂で酒を飲むと膳の上を引っ掛けたりするので、平盃を口元まで差し上げて使いました。背筋を伸ばすので姿勢も美しく、官人や武家の飲み方でした。
反対に短い袖は、姿勢が悪くても大丈夫。早くたくさん飲む人に向いていて、これは時代劇の居酒屋で、斜に構えた姿でぐい飲みを使っている町人たちからも分かりますね。
そのルーツであるガラス文化が日本へ入って来たのは、南蛮貿易が始まった戦国時代頃から。あの織田信長などは、みごとにカットされたグラスで赤ワインを飲んでいたそうです。
以来、江戸時代には長崎で「ギヤマン(オランダ語)」や「ビードロ(ポルトガル語)」と呼んで、全国に珍重されました。
でも、もっともっと前に、そんな美しいガラス盃で日本酒を飲んでいた人がいるのです。 それは聖武天皇など、奈良時代の皇族の人々。
奈良の正倉院には、今も千年以上前に作られた青いガラスの「瑠璃盃」などがあります。それは中国の隋や唐からもたらされ、元々はシルクロードを渡ってきたペルシャ製のガラス盃でした。
聖武天皇は、ひょっとすると日本で最初にグラス酒を飲んだのかも知れませんね。
お銚子と徳利。普段なにげなく口にする言葉ですが、どうちがうのか意外とご存知じゃないようです。
お銚子の原型は、今も三々九度で使われている長い柄が付いた金色の杓。平安時代には「堤子(ていし)」と呼ばれました。戦国時代が終る頃、桃山文化で漆塗りの器が流行すると、蓋(ふた)付きの堤子が登場します。その形はお茶の急須のように変わってきました。
平和な江戸時代には庶民文化が発達、これによって小さな堤子がさまざまな形で誕生し、現在のお銚子のようになったのです。
かたや「徳利」は酒や醤油、みりん、酢など液体を運ぶための道具でした。その名はハングル語の「トックーリ」がルーツ。大陸との貿易が発達した室町時代に輸入され、「徳利」という当て字が生まれました。
そもそもは運搬用の大型器でしたが、江戸時代の下り酒で清酒がブームになると酒屋に通 うための徳利が広まり、直接、ぐい飲みに注いで飲むようになったのです。
いかがでしたか。毎日なにげなく使っている酒器には、とっても素敵なエピソードがあります。
あなたもいろいろな酒器を傾けながら、そこに隠れた魅力を探してみませんか。