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白瀧酒造株式会社 ~プロローグ

国境の長いトンネルを抜けると、
そこは雪国であった。
夜の底が白くなった。



ノーベル文学賞作家・川端 康成(かわばた やすなり/1899~1972)の名作「雪 国」の冒頭です。
昭和9年(1934)12月、群馬県側から全長10kmにも及ぶ清水トンネルを抜けた彼は、越後湯沢の白い世界を目の当たりにして、この名文を綴りました。「夜の底が白くなった」の表現は、雪明かりによって夕方でも遠くまで見えたことから生まれたそうです。
川端康成が創作のために訪れた昭和初期、越後湯沢は鄙びた豪雪の村でした。彼は村の鎮守・諏訪神社への散歩を楽しみ、境内に聳える古杉の根に座って小説の構想を練りました。
時は移り、高度経済成長後のスキーブームやリゾート開発によって里村の面影も薄れましたが、山間部の冬景色には往時を髣髴とさせる風情を感じます。

この「雪国」の一節が越後湯沢の素顔ならば、取材スタッフの訪れた初夏の町は、薄化粧した乙女のような雰囲気。静けさの中で萌える新緑の光彩が、旅心を魅了してやみません。
現在、人口8,900人あまりの湯沢町は年々過疎化していますが、雪のシーズンは関東方面からスキー・スノーボード客が殺到し、JR越後湯沢駅はティーンエイジからファミリー、オールドファンで溢れます。

越後湯沢は、戦国の頃より武蔵国(関東方面)への宿場町として栄えました。
その理由が、越後長岡から上州高崎を経て、江戸へ至る旧・「三国街道」の存在です。
かつては、幾多の旅人たちが細い谷間の街道を行脚し、標高1,167mの三国峠越えに息を切らせました。越後の戦国大名・上杉謙信は関東進出のために14回も峠を越えています。

太平の世となった江戸時代には、越後の米・塩・麻・鮭などの産物や佐渡ヶ島からの金輸送に使われ、また、長岡藩、村松藩、与板藩などの諸大名が参勤交代に往来しました。
このように、越後と関東を結ぶ要衝であった湯沢一帯は、天領として奉行の監視下に置かれたのです。そのため、幕末の慶応4年(1868)戊辰戦争が勃発するや、会津藩が預かっていた街道沿いの宿場町は官軍の来襲を受け、悉く灰燼に帰しています。

実は、今回訪問した白瀧酒造は、この「三国街道」に面しています。安政2年(1855)頃には居飲酒屋を営み、峠越えを支える馬子衆や長旅にほっと一息つく旅人たちで賑わったそうです。また、湯沢町から10kmほど離れた三俣には、古びた脇本陣が今も街道沿いに残り、宿場町の風情を偲ばせます。
かつての質素な暮らしや文化は湯沢町の歴史民族資料館に展示され、名作・雪国にちなんで、川端康成と湯沢町の関係を語る「雪国館」も併設されています。

さて、湯沢の地名からも分かるように、町内では至る所に温泉が湧いています。しかし、昭和初期まではたった一軒の温泉宿しかなく、そこに川端 康成も逗留したわけです。
現在では、ホテル・旅館や民宿はもちろん「街道の湯」「駒子の湯」「こまくさの湯」などの共同温泉も設置され、外湯めぐりが冬場のスキー客に好評です。
中でも珍しいお湯を紹介しますと、まずは「足湯ポケットパーク」。町の散策途中、ちょっとひと休みにいかがでしょう。ぬる目のお湯に脛下を浸せば、気分もほっこりとやすらぎます。

そして、もう一つがJR越後湯沢駅コンコースにある「ぽん酒館の酒風呂」です。
この酒風呂には越後の地酒が入っていて、血行促進・疲労回復を向上し美白・美肌にも効果があると、女性観光客に人気を呼んでいます。
ちなみに、「ぽん酒館」には新潟の銘酒99種類を一挙にそろえたきき酒コーナーもあり、日本酒ファンの見逃せないスポットです。

また、湯沢町は新潟県南魚沼郡に位置しています。とくれば、ご存知「魚沼のコシヒカリ」の本場。近隣の耕地には、見晴るかす彼方まで青々とした稲が植わっています。
この日本一の米の秘密は、肥沃な土地だけでなく、湯沢町一帯を潤す苗場山の雪解け水にあるようです。

魚沼郡塩沢村出身の文士・鈴木 牧之(すずき ぼくし/1770~1842)は、苗場山を登り、「絶頂に苗田あり。よって昔より山の名に呼ぶなり。峻岳の頂に苗田あること甚だ奇なり」と記しています。この一節からも、湯沢一帯が天恵の米どころであることを実感します。
清冽な山水は、湯沢町を流れる「魚野川」へと下ります。その澄んだ流れには、雪解けの春とともに天然のイワナやヤマメが跳ね、初夏ともなれば若アユが踊り、川釣りの太公望たちを楽しませています。

白瀧酒造株式会社の企業理念であり、商品にも受け継がれている「上善水の如し」は、道家・老子が説いた「最上の善とは水のようなものであり、あらゆるものに利益を与え、争わない」ことに由来しています。
澱むことなく、常に変化し、革新を続ける白瀧酒造……清らかな水のごとき味わい、気品に満ちた香りに耽りつつ、越後湯沢の名蔵物語を始めることにしましょう。