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株式会社滝沢本店 ~蔵主紹介

長命延命霊力の酒・長命泉

成田市は江戸時代より霊場としてご参詣が盛んで、鉄道が敷かれ京成電鉄が開通するに及んで、一段と賑やかになり、飲食店や旅館等も数多く、殷賑を極めておりました。
初代滝沢栄蔵が江戸末期に、成田山の参詣宿泊した折に、夢の中で不動様からお告げを受けて、成田に留まり酒造りを始めたことが始まりとなります。
蔵元の井戸水が大変おいしい良水であると評判が広まり、不動尊参詣者がこの井戸水を汲んで帰り、「病気が治った」「長生きした」など百薬の長であるとの話が殺到したといいます。
長命延命霊力の酒といった意味を込めて、「長命泉」と名付けられ、代表銘柄として現在にも伝えられているのです。

5代目当主・滝澤尚二社長

関東でも明治神宮に次ぐ初詣客数を誇る成田山新勝寺。成田駅よりこの新勝寺に至る参道筋に滝沢本店がありました。
早速、長い歴史と多くの試みに挑戦し続けているという5代目当主・滝澤尚二社長にお話を聞くことになった。
出身は茨城県日立市、子供時代は好きなことに夢中になるタイプだったそうです。その影響か東京での大学時代は理工学部で研究の実験室に入っていた。
その後、商社マンを経て滝澤本店に就職、昭和58年に滝澤本店社長に就任した。

やりたいことを自分で考え自分で実行していきたい。そう考えていた滝澤尚二社長には最高のタイミングだったそうです。それは、社長に就任した3年後の昭和61年、東京サミットが予定されておりました。
社長に就任したばかりの滝澤尚二社長が当時考えていたことは、何と東京サミットで当時のアメリカ大統領であったレーガン大統領に地酒を飲ませてみたいというグローバルな願望でした。

店頭でも売られている吟の舞とアラスカ物語

アメリカ人にも合う酒を造らなくては、そう考えた滝澤尚二社長は、吟醸純米低アルコール酒の新製品製造に取り組んでいったのです。
その結果、銘協組合33酒造場中、東京国税局井上鑑定館長の依頼にて滝澤本店と他のメーカー5場が選定されることなる。
こうして、当時の山本昭市東京国税局長の命名にて、かの有名な「吟の舞」が誕生したのである。
東京サミットの晩餐会の5月16日に新発売され、その後、平成5年4月のG7で外相、蔵相の晩餐会及びG7の蔵相昼食会、平成5年7月の東京サミットにおいて午餐会の乾杯酒にも利用されている。

アラスカ物語当時のポスター

昭和61年の翌年、昭和62年。滝澤尚二社長は更なる企画に取り組み出します。
「アラスカ物語」企画。
アメリカの自然と日本の伝統を融合した酒造りをしたいと考えていた滝澤尚二社長、精米50パーセントの山田錦とアラスカ氷河水100パーセントの酒造りに試みるのです。
「空輸で運んできた氷河をすぐに蔵へ運べる、ここ成田という地だからこと実現できる企画だった」
滝澤尚二社長は目をキラキラさせながら当時のことを語ってくれた。
昭和63年「アラスカ物語・氷河吟醸」が発売。様々なメディアが注目、当時本当にアラスカの氷河を使っているのか?と疑った新聞記者に運ばれた氷河を見せたこともあったそうです。どれだけ注目されていたかが伺えます。
「私は自分が納得できる酒しか造りませんし売りません」
滝澤尚二社長の酒造りのこだわりはずっと変わっていないのだ。
この「アラスカ物語」、その後アメリカから感謝状も贈られ、新田次郎氏をはじめ多くの著名人にも愛され人気は定着していくのです。
「本物を造ると、本物の人はきちんと理解してくれる。本物の人が理解してくれれば周りも理解していってくれるんですよ」
滝澤尚二社長は笑顔で深い言葉をサラッと言う。気持ちよさを感じずにはいられない取材班であった。

酒と食の組み合わせを店舗にて展開

最後に現在の日本酒業界において、滝澤本店が目標とするものや取り組んでいくことをお聞きした。
「日本食に合う酒は日本酒なんですよ、それを伝えていかなければなりません」
滝澤本店では平成21年より小売部をオープンし、食品販売にも力を入れている。
滝澤尚二社長の奥様の協力により、日本酒に合う食を考案し続けており、酒と料理の組み合わせにて店舗展開を行っているそうです。

スーパーや酒屋を見ていても、なかなかこういった売場展開を行っている店舗は少ない。 日本人が忘れてしまっている、又はそれを知らない日本人たちに対して、日本酒を飲んでもらうためにはどう伝えるべきなのかが大切なのだ。
時代に合わせたマーケティングを行っている滝澤尚二社長に深い感銘を受けた。

本物を造ると本物の人は理解してくれるんです

「吟の舞」「アラスカ物語」「酒と食の売場展開」など、こういった企画は世の中を見ながら直感的に思いつくと滝澤尚二社長は言う。
初代滝澤栄蔵氏の夢のお告げと同じく、代々酒造りの天命を授かっているのかも知れない。
夢のある酒造り、何か大切なことを思い出させてくれた胸の熱くなる取材であった。