地酒をつくる地域の特性とは?

解体新書 第2回

地酒の味は、それぞれのお国柄で造られる!

特級・一級・二級と言う日本酒の等級制度は、まだ皆さんの記憶に近しいところでしょう。ご存知のように、これは基本的には酒税制度のためのアルコール度数による分類方法でした。しかしこれが、どうも消費者には旨さの基準とか高級感を伝える言葉のように捉えられていました。ですから、極端な話しをしますと低級な米を使ったあまり美味しくない日本酒でも、度数を規定に沿わせ申請さえすれば特級にできるような、なにやら矛盾めいた事実もあったわけです。

この等級制度について、宮城県の一ノ蔵さんという有名な蔵元さんが「そんな等級による鑑査なら受けなくてよい」と、無鑑査辛口という商品を出されました。当然申請はしませんから、これは等級としては二級になったのですが、鈴木会長さんは「そんなものは一ノ蔵には関係ない。私のところの日本酒はこの味なんだ。」という自信もあったのでしよう。胸を張って出荷され、現在もヒット商品として定着しています。

大手酒造メーカーのようなナショナルブランド化ではなく、もともと地酒と言うのは流通を必要としなかった時代から地域に根付いたものだったわけで、宮城県の風土や生活の中でつちかった一ノ蔵さんの酒造りが、地元の消費者の味覚や嗜好に育まれたお酒であった証明であるとも言えると思います。

それぞれの地域の食文化に地酒は沙汰されてきた

“地域のお酒”ということを理解してもらうため、四国にある「梅錦」という酒蔵を例に考えてみましょう。「梅錦」が自社のお酒を説明する際、単に「四国のお酒です」と説明したとすると、「じゃあ、四国のお酒はみんな同じ特徴なのか?」と言う印象になり、蔵の特徴は伝わりにくくなります。ここらあたりをきちんと伝えるためにどうしたら良いかと言う事が「梅錦」の問題であり地酒全体の問題でもあるわけですね。その答えの鍵は、”「梅錦」のある愛媛県ではどう言う魚をどう言う醤油で食べているか”というところにあるのです。

当たり前のことですが、日本人の食生活はずっと魚食中心であったわけですし、瀬戸内の海の幸が愛媛の人たちの暮らしを支えてきたのは言うまでもないことです。そして、それを味付けたのは、濃い口で甘めの小豆島醤油でした。

「梅錦」は本来、非常に柔らかくて甘いタイプの日本酒で、この甘めの料理によく合うのです。また広島の醉心さんや誠鏡さんなど対岸の瀬戸内側の蔵元が造るお酒にも似たような甘さ旨さがあり、蔵元同士の交流など無かった時代に、海を挟んだ対岸でも同じような結論が出されていたのです。

それぞれの地域の食文化に地酒は沙汰されてきた

では、同じ四国でも太平洋に面する高知の地酒はどのような味わいなのかと言えば、こちらは、土佐鶴さんや司牡丹さんなどのように同じ四国の瀬戸内側よりも、むしろ北陸の地酒に近い“辛口”タイプです。これは、土佐の一本釣りの鰹を食する人たちと氷見の寒鰤を好む人たちが、同じような食味を持っていたと言うことでしょう。魚の味とそれを調理する醤油・塩などが、瀬戸内側と土佐の外洋側でどう違っているのかは、専門的な検証が必要ですので簡単に述べられませんが、このことからも、先に述べた「四国のお酒」と言う表現では受け手も送り手も「梅錦」の味わいを的確に捉えられないことが理解できると思います。

しかしどの地域も、元来同じ味系統の日本酒を造る蔵元が揃っていたわけではないかもしれません。梅錦の愛媛県には、辛いお酒もあったかもしれません。高知県には甘いお酒もあったでしょう。その昔、全国の蔵元は4,000蔵ぐらいあったのですが、現在1,500から1,600くらいと言われています。

前述したように、地酒はその土地土地で飲まれることで成り立っていましたから、4,000蔵が存在した時代には、みながその地元のお酒だけを当たり前に飲んでいたのです。しかし、その中でもやはり地元の食文化との相性を敏感に感じ取り、好まれる味わいを追求してきた蔵元だけが残ったと言うことです。

さて、おおまかでしたが、お酒の味覚性の本質的なのお話しをしたところで、次回はそれをいつまでも美味しくいただくための方法「保存方法や壜の色について」などをお話しいたしたいと思います。