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柏露酒造株式会社 ~プロローグ

長岡市は新潟県の中央に位置し、豊かな自然に恵まれた県下第2の都市。近年は暖冬ながら、深い雪に覆われる町です。
ひとたび降り始めると雪は霏々と降りしきり、山野を銀色に変えてしまうほど。その根雪は春半ばにようやく融け始め、市のほぼ中央を流れる日本一の大河・信濃川へと注ぎ込むのです。
信濃川は古くから人・物・情報を運び込み、長岡が越後の要衝として発展する役割を果たしてきました。その清冽な流れに、大きな波紋を起こすこととなったのが、幕末の戊辰戦争の惨禍でしょう。

江戸期の長岡を領していた牧野藩は、慶長20年(1615)の大坂夏の陣の戦功を徳川 家康に認められ、越後長岡蔵主となった譜代大名です。さらに江戸中期には三代続いて幕府の老中に就くなど、名門として徳川家への忠義を尽くします。
したがって、戊辰戦争で譜代大名や旗本たちが続々と官軍へ寝返ろうとも、牧野家には決して許されることではありませんでした。

その牧野家の家紋は、「三つ葉柏」。
珍しい紋どころで、現在も県立長岡高校の校章として受け継がれています。さらに今回訪問する柏露酒造株式会社の銘酒「越乃柏露」も、その名は三つ葉柏に由来しています。
実は、かつて牧野家の御用達酒屋だったという老舗を原点にしている蔵元なのです。

さて、牧野藩の長岡城は残念ながら戊辰戦争で崩落し、明治期には跡形もなく消え去ってしまいました。しかし、現在は復元された城郭の一部が「悠久山公園」に建てられ、郷土資料館として長岡の歴史を物語っています。
白いしじまに包まれた公園には、歴代長岡蔵主の御霊廟が置かれる「蒼紫神社」も祀られています。
そして長岡といえば、“米百俵”の逸話も欠かせません。

戊辰戦争に敗れた長岡藩は7万4千石から2万4千石へと減封され、藩士たちは1日に3度の粥さえすすれなかったといいます。そんな窮状を見かねた支藩の三根山藩(現・新潟県西蒲原郡巻町)から、お見舞いとして百俵の米が送られてきたのです。
これで一息つけると藩士たちは喜ぶのですが、そのとき藩の大参事・小林 虎三郎は、「この米を1日か2日で食いつぶして何が残る。国が興るのも町が栄えるのも人にある。食えないからこそ、学校を建て、人を養成するのだ」と、この米を売却して対価を国漢学校の費用にと充てたのでした。

この小林虎三郎という人物は、23歳の時、藩命で江戸に遊学。佐久間象山の門下に入り、長州の吉田 寅次郎(松陰)とともに“二虎”と称され、象山をして「天下の政治を行うは吉田であるが、わが子を託して教育してもらうは小林のみである」と語らせるほどの教育者であったと伝わっています。

さらに長岡といえば、やはり連合艦隊司令長官・山本 五十六を忘れるわけにはいきません。
開戦にはあくまで反対し、「この身滅ぼすべし、この志奪うべからず」と、わが身の危険を省みず、日独伊三国同盟に断固反対しました。その意に反し、司令長官として太平洋戦争の指揮を執ったのですが、ブーゲンビル島で戦死しました。彼の記念館は、長岡市内の呉服町に設けられています。

また、良寛和尚との師弟の交遊で知られる歌人・貞心尼も長岡の生まれです。
30歳で小さな草庵の庵主となりますが、良寛和尚を慕い、信濃川を渡りながら彼のもとに赴き、師弟の交遊を結びます。
良寛没後は、あちこち訪ね歩いて彼の歌を集め、また自らが良寛と詠み交わした歌をも書き添えて、歌集『蓮の露』を完成させました。これは良寛歌集としての最初のものだといいます。明治5年(1872)、75歳で没しています。

近年、長岡市は危機的な災害から、ようやく復興しました。
平成16年(2004)10月23日に発生したマグニチュード7という「中越地震」は、市街から山間部までの広範囲にかけて、未曾有の被害をもたらしました。
「日本一の錦鯉の里」として知られる山古志村では水害と崩落が相次ぎ、村は壊滅状態に陥ります。余震が続く中、住民には退去命令が出され、山古志の美しい棚田も荒れ果て、自慢の錦鯉は危機に瀕したのです。
しかし、ここで地元きっての名門蔵元「柏露酒造」が立ち上がります。再び、山古志村と長岡市を活性するため、地元ブランドを託した銘酒「古志(こし)」をリリースしたのです。

その源流こそは、長岡の人々にこよなく愛され、親しまれてきた「柏露」。“長岡に行ったなら、柏露を呑め”とまで謳われた銘酒です。
今回は、この越後の美酒を醸す柏露酒造株式会社を、じっくりとリポートします。