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男山株式会社~プロローグ

石狩川と旭川市
極寒のダイヤモンドダスト

北海道のほぼ真中も位置する、旭川。人口36万を擁する、道内第2の都市です。 広大な大雪山系の原野を切り開いたこの町は、約120年を経た今も、大自然の恵みとともにあります。

遥かな山並みから市街まで、滔々と蛇行する石狩川。かつては、数十万匹の鮭が遡った川で、ほとりには季節の花が咲きほころびます。しかし、冬には平均140日間も雪が降るとあって、岸辺は白一色の世界。1月から2月にかけては、氷点下15℃を越える極寒の日々が続き、“ダイヤモンドダスト”と呼ばれるドラマティックな自然現象を目の当たりにすることもできます。極北の地で稀に見られる現象であり、あまりの寒さのために石狩川から蒸発する水分が氷結し、あたかもダイヤモンドが舞っているかのように見えることを言います。

それほど冷え込む旭川だけに、酒造りには格好の地。シンシンと降る雪は町の空気を浄化し、大雪山からの雪解け水となって旭川の酒を育んでいるのです。

十勝岳美瑛町の丘

旭川に来れば、誰しも足を伸ばすのが“富良野”でしょう。
富良野の地名は、アイヌ語の「フラーヌイ/臭いニオイのする場所」に由来し、十勝岳から噴き出している硫黄の臭いが漂っていたためと伝わっています。明治30年(1897)から開拓が始まりました。

当時の土壌は十勝岳の火山灰で、農作に適していませんでした。さらには、傾斜の多い地形だったため、入植者たちはこれを改良しながら作物を選び、耕してきたのです。その繰り返しによって、麦や芋、ラベンダーなどの草花などの畑が、丘陵地を幾何学模様的に区分けすることになったのです。

ケンとメリーの木

“パッチワークの丘”で知られる美瑛町では、春から夏の北海道旅行シーズンは、マイカーや観光バスが鈴なりに続きます。
最近の北海道の旅で人気を盛り返しているのが、昭和40年代に富良野ブームを起こした「ケンとメリーの樹」。若いカップルへ向けた自動車メーカーの広告で、一世を風靡したポプラの大樹です。 広大な青い空とそよぐ涼風をバックに、新緑に萌えるポプラ。その新鮮な光景が、見知らぬ北の地を、ディスカバージャパンを謳う若者憧れの場所に変貌させました。
そんな時代を懐かしむ熟年カップルが、再び美瑛の丘を訪ねているそうです。

ペンギン水槽

近頃、旭川人気を一気に盛り上げたのが、「旭山動物園」です。
ガラス張りの向こうで巨大なホッキョクグマが泳ぎ、見上げれば、水中を飛ぶように泳ぐペンギンの群れ。ユーモラスなアザラシとにらめっこできる水槽の前には、子どもたちの歓声が響いています。
特に人気なのが、オランウータンの見せる空中散歩。お客さんの頭上、高さ17mに張られたロープを、悠々と渡って行きます。
これらは、動物の生態をそのまま観察することをコンセプトにした「行動展示」。旭山動物園が10年前に初めて導入し、今では全国各地の動物園がこの方法を用いた改良工夫を重ねています。

ホッキョクグマの行動展示

きっかけは「ととりの村」と名付けられた、鳥の観察ヤードでした。普通の動物園とは反対に、巨大な鳥カゴに人間が入り、自然のままの鳥の生態を観察するという仕組みでした。
つまり従来の動物園と異なり、主役は動物たちということ。これまでの動物園では窮屈な檻に入れられ、視線と嬌声をまともに浴びていたため、動物たちは萎縮し、ストレスを持っていました。しかし、ガラス壁を使って音を遮断し、観察する側を暗くすることで視線を感じさせず、動物の立ち位置を人間よりも上に置くことで、リラックスを生み出すのです。
平成16年(2004)には、月間入園者数が日本一になったことで、旭山動物園は世界的にも高い評価を受けることとなり、海外からの観光客の姿も見られます。

井上靖 記念館

一方、旭川は文化活動にも注力しています。市内には彫刻美術館などの文化施設がいくつかありますが、その中で個性的な魅力を漂わせているのが、“井上靖 記念館”です。
近代文壇を代表する作家の一人である彼は、明治40年(1907)旭川陸軍師団の宿舎で誕生しています。
軍医であった父の従軍により1年ほどで旭川を離れますが、母に教えられた旭川の美しさを胸に描き、生涯、生まれ故郷を慕っていました。
井上 靖 記念館は、平成2年(1990)の旭川市開基100年式典に氏を招いたことがきっかけとなって、3年後に創設。
しかし残念なことに、その完成を見ることなく、本人は他界しています。
館内には井上氏の肖像や数々の直筆原稿が展示され、肉筆を目の当たりにすることができます。
印象深いのは、「ナナカマドの赤い実のランプ」の言葉。

赤いナナカマド

~私は17歳のこの町で生まれ、いま、百歳のこの町を歩いている。何もかも、大きく変わったが、ただ一つ、変わらないものがあるとすれば、それは、雪をかぶったナナカマドの赤い実のランプ!~

ナナカマドは、旭川市民の樹。純白の旭川の街角を歩けば、赤い実があたかも街灯のように映えています。おそらく、この町をこよなく愛した井上氏の、心のともしびでもあったことでしょう。

男山酒蔵開放

そして、ナナカマドと同じく、旭川市民に愛され続けている存在が、銘酒「男山」です。
北の灘と称される旭川に、寛文年間(1661~1672)摂津伊丹で醸造を始めた男山の正統を受け継ぎ、この地で営々と酒づくりに勤しんでいます。

銘酒男山

毎年2月、広々とした本社と蔵に市民を招く「酒蔵開放」は、参加者が1万人を超えるほど人気が高く、待ちに待った旭川市民たちが家族総出でやって来ます。
振る舞い酒のほか、酒粕や瓶仕込み酒の販売、昔ながらの大桶やこも樽を使った実演など、旭川冬まつりと連動したビッグイベント。これに来なければ、旭川っ子ではないと言っても過言ではなく、男山の美酒と蔵元のアイデアに、誰もが心を温めるそうです。
風土、人、心……ありのままの旭川とともに歩み続ける男山。
その美酒の物語に、酔いしれることとしましょう。