
和が醸す、受け継がれていく玉乃光の酒造り
350年にわたって酒を醸し続けてきた玉乃光酒造。
時代が移り変わっても、受け継がれてきた技と精神は、今も蔵の中に息づいています。
秋から春にかけて、寒の時期に丁寧に仕込む「寒造り」は、今も変わらぬ蔵の営みです。
今回話を聞いたのは、現在杜氏を務める白崎哲也さん。
かつて冬のあいだ蔵に入っていた但馬杜氏の“おやっさん”のもとで長年修業を積み、今では蔵全体を束ねる存在です。
その言葉には、長く現場に立ってきた人だけが知る重みと、静かな覚悟がありました。
酒造りと向き合う
「酒造りとの出会いは、情熱というより“ご縁”のようなものでした。」と白崎さんは振り返ります。
入社当初は、酒造りに興味はあったものの、特別な動機や目標があったわけではなく、むしろ家族や周囲からは反対されていたそうです。本格的に酒と向き合うようになったのは、20代後半になってから。心を動かしたのは、環境と“人との出会い”でした。
「運が良かったんです」と静かに話す白崎さんですが、その継続の裏には、日々の積み重ねと、地道な努力があることは言うまでもありません。
変わりゆくもの、変わらないもの
「酒の味だけは変わらないと言ってもらえるように」
昔は、杜氏率いる多くの蔵人が酒造りの間に泊まり込みで働いていましたが、働く人の高齢化や世の中の変化によって、周囲の環境の変化も大きかったと思います。
また、かつては担当制で、それぞれの特性を活かして役割を担っていた製造現場も、今はより柔軟な体制へと移行しています。
このように、蔵の中では、設備や働き方、人の流れが少しずつ変化しています。それでも味を保つために白崎さんが大切にしているのは、「気持ちに力を入れすぎないこと」だそうです。
強く意識しすぎると、視野が狭くなり、判断を誤ってしまう。だからこそ、あえて力を抜いて、冷静に造りと向き合う姿勢を心がけていると話します。
伏見の水について聞いたときも、「特に考えたことはない」と控えめな答えが返ってきました。ただ、そのまま使える水に恵まれていることは「ありがたい環境です」と穏やかに語ります。
蔵を取り巻く環境が変わっていくなかで、“変わらないもの”を守ること。それが、白崎さんの酒造りの本質なのかもしれません。
玉乃光の味がどこかほっとする味なのも、変わらない味が届ける安心感、そっと寄り添ってくれるような心地よさが表現されているのでしょう。
和を醸し、人を活かす酒造りへ
白崎さんの酒造りの根底にあるのが、「和醸良酒」という言葉。
「人の和が、良い酒を生む」。これは前杜氏から教わった大切な考え方です。
「自分はあまり前に出るタイプではないので、毎日人を観察しています。誰が何に向いているか、どうすれば気持ちよく動いてもらえるかを、静かに見ているんです。」
人数が多いからこそ、それぞれの性格が酒に表れる。
「酒造りにはさまざまな工程があり、それぞれに人の手が加わります。性格ややり方の違いが、思っている以上に味に影響するんです。」しかし、最近は“広く浅く”関わる働き方が増えたことで、現場ではマネジメント力がより重要になってきていると感じているそうです。
「適材適所」は正直なところ存在すると語る白崎さんですが、それぞれの良さをどう活かすか、そのバランスを取るのもまた杜氏の仕事だといいます。
「人の和」と「適材適所」。そのバランスが、これからの酒造りを左右すると白崎さんは見つめています。
目指すのは、米の個性が活きる酒
白崎さんに「一番おすすめの酒は?」と聞くと、迷うことなく「備前雄町100%ですね」と返ってきました。玉乃光らしいふくよかさと深みを感じられる一本で、米の個性がしっかりと活きているのが特長です。
「米の状態に合わせる酒造りではなく、米の持つ特長をしっかりと引き出せる造りをしていきたい」とも語ってくれました。
最近の米は不安定な気候や高温などの影響を大きく受けたものが多いが、それを何とかリカバーするだけではなく、本来の特長を考えながらそれを活かす酒造りが理想だと。
米に寄り添いながら、その声をきちんと聞き取る。そんな誠実な姿勢が、玉乃光の酒に自然な奥行きを与えているように感じられました。

「目立つことは苦手なんです」と語る白崎さんの酒造りには、派手な演出も強い言葉もありません。
けれど、その静かな言葉のひとつひとつに、蔵の重ねてきた時間と、人と酒へのまっすぐな思いが詰まっています。
寒の空気と、丁寧な手仕事と、人の和。
今日も玉乃光の酒は、変わらぬ姿勢で醸されています。