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奥の松酒造株式会社 ~水・米・技の紹介

現在、奥の松酒造では、福島県を中心とする東北ネットでTVCMをオンエアしています。
実は、そのCMに登場しているのが、伊藤 正義(いとう まさよし)統括本部長。実直そうな風貌で、酒造り、商品、理念などについて訥々と語ります。

「誠実さ・真実味を感じる、福島県の酒蔵らしいコマーシャルですね」と筆者が話しかけると、「いやぁ、無理やり引っ張り出されましてね」と苦笑いする伊藤 統括本部長。はにかんだその表情に、温かさと厳しさの両面がにじみます。

伊藤 統括本部長は、昭和25年(1950)生まれ。もちろん福島県の出身です。
東京の大学に進学し、醗酵学を専攻。昭和49年(1974)に卒業しますが、当時はオイルショックの真っ只中で、不況の嵐が吹き荒れていました。
就職先に思案投げ首する伊藤 氏に、研究室の教授から「二本松市の奥の松酒造が、新人を探している。君の故郷だし、行ってみないか」と声がかかります。
悩むことなく即諾した伊藤氏を待っていたのは、安達太良山麓の八千代蔵の竣工でした。

「奥の松酒造に来て30年になりますが、光陰矢のごとしですね。今思えば、スタート時は大変でしたが、勉強になりました」
新生・奥の松酒造に生まれ変わるきっかけとなった、八千代蔵。伊藤 統括本部長は、その立ち上げを先代・遊佐 栄一 社長から任された一人です。
爾来、八千代蔵に20年、そして経営幹部として本社に10年。今では、奥の松酒造に欠くことのできない逸材です。

さて、近代の奥の松酒造の酒造りは、「伊兵衛の吟醸蔵」と呼ばれた16代・遊佐 伊兵衛に始まり、その流れを西須 清作(さいす せいさく)、北条 福司(ほうじょう ふくじ)、鈴木 一郎(すずき いちろう)、高津 恭次郎(たかつ きょうじろう)の名杜氏に伝授し、現在は、殿川 慶一(とのかわ けいいち)杜氏に託されています。

越後と南部の杜氏が、時代時代を担ってきた奥の松酒造。その結果、独特のキレと濃醇さを含んだ酒質が生み出されました。
その殿川 杜氏と伊藤 統括本部長は、同期の桜。お互いが八千代蔵、本社の幹部を入れ替わるようにして担ってきたそうです。

八千代蔵が操業するに当たって、地元の若い衆を蔵人に募ったことも良い結果 につながりました。その頃、二本松の農家の人たちは、冬が来れば都会の土木工事などに出稼ぎしていました。誰もが酒造りは素人でしたが、二本松の酒を造ろうとする情熱が、若い人たちを突き動かしたんだと思います。みな、それぞれに艱難辛苦を乗り越えて、喜びも分かち合ってきました。今、八千代蔵にいる蔵人は、当時からの生え抜きばかりです。奥の松の酒造りに関しては、もう私より先輩ですよ」
そう言って、伊藤 統括本部長は自慢げに、また懐かしむように微笑みます。

10年前、伊藤 統括本部長は酒造りを熟知した能力を生かし、商品の企画開発・販売促進までを統括する、いわゆるトータルコーディネイターに抜擢されました。

「私が本社に着任して痛感したのは、それまで造り手側の視点だけで市場を見ていたこと。視野の狭さを反省しました。いい酒を造った、これが奥の松の酒だと自己満足しても、お客様にそれを上手く伝えなければ、受け入れてもらえないんですね。そうなると、奥の松酒造の理念にもつながらない。私が蔵の中で造っていた酒は、言い方を変えれば、奥の松酒造の商品としては“素材”だった。製品後の管理、出荷体制、パッケージ、ボトル・ラベルデザイン、販売促進……すべてが一体化してこそ、当社の商品となるわけです」

蔵人だけに、「造りの現場こそが、酒蔵の命」だと金科玉条のように自負していた。それがものの見事に目から鱗が落ちたと、伊藤 統括本部長は語ります。
当時は、高級吟醸酒に市場ニーズが集中していました。贈答品向けが多く、個人ユーズはまだまだ低迷気味。しかし、その高価格設定がいずれ拒否されることを伊藤 統括本部長は洞察します。
「旨い酒だからこそ、手ごろな価格でなければ晩酌に飲んでもらえない。今のままじゃ、奥の松のファンは増えない!」
そう見切って、さまざまなコストを見直し、一升瓶で¥2,000ポッキリの吟醸酒を開発、リリースしたのです。



同業他社の仲間からは、「どうして、吟醸酒の価値を下げるようなことをするんだ?お前も人が変わっちまったな」と非難もあったそうです。
しかし、伊藤 統括本部長は「ステータスがある吟醸酒でも、飲んでもらえなきゃ意味がない。お客様の食卓に乗ることが、いずれ酒蔵の喜びになるんだ」と宣言したのです。

社員全員で考えたこの吟醸酒のキャッチフレーズは、「晩酌吟醸 飲んでみらんしょ!」。爆発的ヒットによって、リピーターが急速に増えました。
奥の松酒造の“高品質・適正価格”が確立した商品と言っても、過言ではないようです。

さて、奥の松酒造の素材について伊藤 統括本部長に訊ねてみました。
まずは“安達太良山の伏流水”。
「酒造りには最適の軟水です。無味無臭、八千代蔵の地下100メートルを掘削し、安達太良山系の水脈を汲み出しています。深く清い山麓に溶け込んだ雪と雨が、40年かかって湧き出ているんですよ」
滾滾と湧き出る水は貯蔵タンクの冷却にも使われ、その銀色の肌には天然水を物語るように緑の苔が生しています。自然の森に抱かれた環境、そこを選んだ先代・栄一 社長の先見性に、伊藤 統括本部長はつくづく脱帽しているそうです。

そして酒米は、徹底して地元の福島県産米にこだわります。
「低価格吟醸酒の条件でもありますし、二本松の酒蔵であるなら、二本松の素材を選ぶことが当然でしょう。酵母も当社独自の“奥の松酵母”です。それに加えて、あの森の空気の中で、米を蒸し、麹を醗酵させ、酵母を培養する素晴らしさですね。“地産地消”は、当社の基本です」

胸を張る伊藤 統括本部長の解説は、技についても続きます。
「精米や酒母については最新設備を導入し、データ管理などで徹底的に吟味しています。と言うか、どちらの酒蔵もここはかなり努力されているでしょう。当社の技術は、酒が搾り上がった後に際立ってくるのです。それが、数万本もの“瓶貯蔵”です。パストライザーで火入れ、冷却した後、1本ずつ冷蔵庫に保存しておだやかに熟成させれば、生のままの味と香りが残せます。そして、熟成を迎えた瓶は蔵人が手作業で開封し、また一本ずつ瓶サーバー用タンクに戻します。気の遠くなるような、限界に挑むような作業ですが、それもすべては“奥の松の日本酒”のためなのです」
開封作業は、数日間続くこともあります。初めて一升瓶と格闘した日、疲労困憊する蔵人の手は、棒になっているそうです。

実は、完璧なまでのテクノロジーの裏にあった、ひたむきな努力。奥の松の誇りにかけた素晴らしい蔵人スピリッツが、“全国新酒鑑評会 5年連続金賞”の原動力となっているのでしょう。

今年で53歳を迎える伊藤 統括本部長ですが、まだまだ第一線での活躍を期待したいもの。
ふくよかな笑顔の中にも、一瞬鋭い眼光が走ります。
「私は、いつも1年生です。そうありたいですね。米も水も気候も、それに市場も、毎年微妙に変わるものです。同じ時は、一度としてありません。ですから、いつも謙虚に見つめ、考えることが基本ですね」
亡くなった遊佐 栄一 氏には、「常にさまざまなジャンルの物事を見ろ!聞け!学べ!」と諭されたそうです。洋酒通だった前社長には、ワインやスピリッツ系のアルコールをよく飲ませてもらい、世界の酒の歴史や味わいの巾・深さを教えられたとか。
ここにもまた、ドッシリとした“奥の松イズム”が生きていることを、筆者は嬉しく思うのです。