

量産した昭和時代を偲ばせる、高砂酒造の大きな醸造工場。しかし一歩足を踏み入れると、タンクの櫂棒を操っては米の蒸し上がりをチェックしたりと、ごく少数の蔵人の立ち働く姿が湯気の中に霞んでいました。
「吟醸造りに特化している現在は持て余すほどの工場規模ですが、手造り主義と同様に、製造環境も我々の創意工夫で少しずつ改良を重ねています」
ゆっくりとした声に振り返ると、柔和な面持ちの西 和夫(にし かずお)工場長 兼 杜氏の姿がありました。
今年六十四歳を迎えた西工場長は、この道41年目の大ベテランです。東京農大で醸造学を修得し、札幌の蔵元に入社。16年勤務した後、さらに旭川の準大手メーカーで16年、そして、平成10年(1998)に高砂酒造の製造部門長として迎えられました。
祖父と父を合わせれば、八十年余り北海道の酒蔵に勤めた日本酒一家。本人は小学生の頃から「将来は、酒造りの仕事をしよう」と立志していたそうです。
そんな西工場長をリーダーにして、高砂酒造の美酒は14名の旭川出身の蔵人たちによって、手造りされています。その基本には、高砂酒造の現場を長年支えていた南部流の酒造りが脈々と生きています。
高砂酒造の酒造りの中で、ひと際個性的に思えるのが麹造りです。
麹室で立ち働くのは半裸の男性ではなく、清潔な制服姿の女性たち。西工場長は、すでに10年前から女性蔵人を採用し、彼女たちを麹造りの専門家として育て上げてきました。
「女性の手肌は、非常に敏感です。米を冷ます際にも、まだ0.5℃ぐらい高いとか、今がちょうどなど、ほんの僅かな変化を感知します。この配置の理由は、私たちの目指す酒造りが徹底して麹の本質を生かすことと、醪にこだわることにあるからです。それに、工場内の整理整頓や掃除も女性たちに任せることで、清潔度が格段にアップしました。男性も影響されて、キレイ好きに変わってくるんですよ(笑)」と西工場長は語ります。
つまり、徹底して麹・醪にこだわるために、女性の繊細な感覚を生かしているわけですが、そこには旭川ならではの風土・気候が関わっているようです。
「旭川の寒さは、どこよりも低温醗酵に適しています。雪が降ると空気が浄化しますし、水も“大雪の伏流水”ですから水道水の10倍以上は良質です。この条件下なら、最高の長期低温熟成ができるはず。それだけに、最初の麹や醪段階で念入りに温度管理をしないと、すべてが無駄になります」
酒の味は麹で決まり、そこに加える酵母の特性を醪の隅々まで生かさねばならない。しかし、ほんのわずかな温度変化によって酵母の成長は変化するため、気を抜けないし、見逃せない。したがって、そんなセンスに恵まれている女性を現場の随所に配したと、西工場長は力説します。
麹造りにおいて、近年の高砂酒造は異彩を放っています。続々と登場している北海道産の酒造好適米を使って、北海道ならではの味わいを追求しているのです。
そこには、“美味しい北海道の食材を、より美味しくする酒造り”のテーマが掲げられています。
「5年前から、このコンセプトに沿った酒造りを目指してきました。当初は中吟クラスや純米酒だけだったのですが、最近は純米大吟醸、大吟醸まで完成させることができ、さらに北海道の食と楽しんで頂けるようになったと自負しています」と、西工場長は胸を張ります。
実際、高砂酒造の直営ショップ(サロン)である高砂明治酒蔵には、独創的な銘柄や旭川・道内だけの限定酒が並んでいて、新たな挑戦の成果が顕著に見られます。
道産米・吟風を45%まで磨き上げた純米大吟醸は、なめらかな米の旨みと軽快な飲み口で、オホーツクの魚介類に抜群に合うそうです。また、野菜が豊富な北海道だけに、その新鮮な味わいを邪魔しない、みずみずしさを大切にしていることも特長でしょう。
「今年から取り組む彗星は、吟風よりもう少し精白することで、ひと味ちがった味を醸し、また一つ、北海道の料理にふさわしい酒を造りたいと思っています。ですから、当社の取り組む道産米の酒に共通しているのは、味付けに工夫された料理よりも食材のフレッシュな美味しさを活かす、ピュアで上品な味だと思います」
そんな西工場長の言葉を実感する話を、筆者はすでに知っていました。
高砂酒造は、早くからヨーロッパやアメリカの市場へ取り組み、その酒は「ライスワイン」の代表格と位
置付けられています。高砂酒造の粋を結集させた「大吟醸一夜雫」のフルーティーな香りとライトな味わいに、多くのソムリエやブレンダーが魅了されているのです。
ニューヨークのオイスターBarやカリフォルニアの寿司Barで、水揚げされたばかりの魚介類と楽しまれている一夜雫……そんなスタイルも、高砂酒造の新しい酒造りに大きなテーマを与えているようです。
日本清酒株式会社のグループ企業となった高砂酒造は、「吟醸蔵」に特化したオンリーワンの酒造りが命題です。 現状は、100キロリットル(約1700石)の製造量で、その内訳としては、純米酒60%、吟醸酒35%、残り5%が本醸造。大吟醸、純米大吟醸の比率は、年々アップしています。 「特定名称酒の中でも、グレードと個性のマッチした商品を手がけていくこと。そこに、北海道のロマンや旭川らしさもたっぷりと醸すことが、我々の地産地消の命題でしょう。地酒は本来、そんな価値と魅力を持っているのではないでしょうか。ですから、我々は、もっと旭川や北海道のことを知り、学ばないといけません。
そして、遠隔地のお客様が高砂酒造の酒を味わった時、ふっと旭川の美しい風景を思い描いて頂けるような、そんな真心を持ちながら酒を造ることが、日々の基本だと思います」
穏やかな口調とまなざしで、西工場長はインタビューを締めくくってくれました。
旭川の米、旭川の水、旭川の人が溶け合う高砂酒造の酒……そこには、旭川人の澄んだ真心が映っているようでした。