

杜氏を紹介されたときに若い方でびっくりいたしました。その正体は、恭之助会長の次男、松浦 正治 氏でした。昭和48年(1973)生まれの、なんとも若い杜氏です。
しかしながらお話を伺ってみると、経験も豊富で、東京農業大学農学部醸造学科を卒業後、国税庁醸造研究所に4年間研修生として経験をつみ、その後、家業である松浦酒造場に平成12年に入社されたそうです。
入社後、すぐに蔵に入り、製造部の責任者として8年間歴代杜氏の教えを受け、平成20年より杜氏となられご活躍されております。
今後の思いをうかがってみると、「万人に好まれる酒を造りたい・・・と言いたいところですが、嗜好品故本当に難しいものだと感じています。常にお客様のお声や好みにアンテナを傾け、ニーズに合わせてどんなタイプの酒でも造れる様に務めて活きたいですね。受け継がれた伝統の造りを守りつつ、人々の癒しになるような、まろみがある酒を追求してまいります」とのこと。これからが、楽しみな杜氏さんです。
現在は蔵に入ってから10年目を迎えられました。杜氏となられてからは、造りのことから人員配置まですべてのことに気を配ります。
「私だけでなく、現場の全員が多能的になることが課題です。現在、作業の標準化をモットーに、造りは4名でこなしています。可能な限り手づくりと設備化を並立させ、品質と生産性を高めることが目標です」
なるほど、その答えの通り、麹室に据えられた最新鋭のシステムは、小規模の蔵元ではこれまで見たこともないほどの大スケール。人ひとりの管理によって一度に600kgの麹米を造ります。
「当社の仕込み蔵は近年新築したもので、省力化と安全性、機能性を重視しています。立地面積を考えた縦型の階層式ですから、工程が上の階から順番に降りてくるスタイルになっているんですよ」
言われてみれば、各階の現場にはまだ新鮮な木肌が映り、壁の白さもまばゆく感じます。数年前より杜氏・蔵人制を廃止し、完全に地元社員制に移行し終えたと語る松浦杜氏の言葉が、その新たな設備からも確かめられます。
“鳴門鯛”の特徴をひと口で言えば?と松浦杜氏に質問してみました。
「淡麗辛口ですが、幾分厚味を持っています。例えば、当社の銘柄“阿波山田錦”などは、通常の山田錦の酒質よりふくよかで、やや巾がありますね。鳴門は魚が美味しいので、その新鮮な魚に似合う酒の味が求められます。だからと言って、華やかでキレの良い典型的な大吟醸酒ではないのです。例えば、地元の寿司屋さんから『鳴門の魚の鮮度が分からなくなるような酒は、駄目だ駄目だ!』とお叱りを受けるんです」
いわゆる食文化と日本酒のマッチングから観ると、徳島の南隣の高知県は、鮪・鰹などの脂の乗った魚+辛口スッキリの酒。西の香川県・愛媛県は、白身の瀬戸内の魚+濃醇甘口の酒。その中間点の鳴門は、味も半ばかと思えば、そうではなく、鳴門ならではの鮮魚を生かす酒がポイントのようです。酒米としては、山田錦や五百万石が中心。特定名称酒の出荷率は7割を越えます
一方、海沿いの町だけに、仕込み水に懸念はないのでしょうか。伏流水であっても、塩分などの雑味はかなり気になる点です。
「徳島県は、お隣の香川県に比べると非常に雨の多い土地柄でして、それは深い阿讃山脈がすぐ背後に迫っていることにあります。この山脈に染みた伏流水が当社の地下にも湧き出ています」
創業時よりこんこんと湧出する弱軟水ですが、適度な硬度を含んだ扱いやすい水と、松浦杜氏は補足します。
最後に、近頃巷で人気の商品“霧造り”、“しゅムリエ”について解説をお願いしました。
ただし、いずれの商品も当時製造部責任者であった松浦正治(まつうら
まさはる)氏が、プロジェクトリーダーとなり、プロジェクトをすすめたそうです。。
数年かけて行った顧客データ分析をもとに、独自の商品開発に着手されたそうです。
まずは“霧造り”。これは醸した日本酒を氷点下で霧状に噴霧し、水分を凍らせ、水とアルコールに分離することで、より純度の濃い・度数の高い“酒たる酒”を引き出します。
そして、「もしも蔵元の樽が、あなたの手元にあったなら……」そんなフレーズで売り出されているのが“しゅムリエ”です。
「先述の“霧造り”も含めた5種類の純米酒を、自由にブレンドして、オリジナルの日本酒を楽しんでいただけます。ですから、ギフトとか記念行事、プレゼントなど幅広いニーズが見込める商品です」
ブレンドは何と300万種類以上のパターンが考えられ、オリジナルラベルもオーダー可能です。そして、販売はインターネットを中心に展開しています。
商品、造り、体制とも、次代に向けて急展開している本家松浦酒造場。さらなる挑戦に、ますますファンの期待がふくらみそうです。