TOP > 蔵元紀行 > ヤヱガキ酒造 > 水・技・米の紹介

会員サイト

入会特典

・「いい酒のめーる」の購読
・唎酒会やイベントへのご案内
・検定やサイト機能の利用
・マナベル度の獲得

会員登録

すでに会員の方はこちら

ログイン

蔵元紀行

北海道

東北

関東・甲信越

中部・北陸

近畿

中国

四国

九州

地酒の用語集

あなたの地酒の知識を増やしましょう

  • 地酒用語集

みんなで作る地酒情報

お奨めの地酒や肴・お店をみんなに教えてあげよう!

  • 地酒ぐるめ大百科
地酒蔵元会利酒会 イベントの様子はこちら
地酒川柳募集キャンペーン
地酒川柳優秀作品アーカイブ
地酒蔵元会公式チャンネル
“男前女子”のニュー旅スタイル 飲み旅本。

ヤヱガキ酒造株式会社 ~水・米・技の紹介

万人に飲まれる酒でなく、万人の一人に飲まれる酒を

但馬杜氏 田中 博和 杜氏

ヤヱガキの酒造りを任される「現代の名工」・田中 博和杜氏。

田中杜氏は但馬杜氏の里、兵庫県美方郡のご出身。
そもそも、冬は雪深いこの地域、冬の農閑期の出稼ぎに全国の蔵元に出向き、酒を作ってきた知識と技術、経験が今日の但馬杜氏を生み出しました。
田中杜氏の父親や親戚も杜氏を務める、生まれながらの酒造りのプロ、父親に憧れ酒造りの世界に飛び込んだのは16歳の頃だったとか。

修行時代の田中 杜氏

「父の下で下働きから酒造りを学びました。学ぶといっても職人の世界、こうしたらいい、ああしたらいいと教えてもらうわけではありません。先輩が造るのを見て、技を盗むという感じでしたね。飯炊から始まり、釜屋、酛屋、頭と約9年間修行しました。
25のとき父の下を離れ、豊橋の酒造に頭として行き、そこで3年さらに修行しました。」
新しい若い杜氏を探していた先代社長に力量と可能性を認められ、異例の29歳という若さで杜氏に抜擢されるのです。
「杜氏として酒造りを任された頃、ヤヱガキでは先代が発明した自動製麹機や自動絞り機を使い、6人体制でコストの安い酒を造っていました。しかし二年後には先代の英断で機械造りから手造りへと転換しました。その当時、もう麹蓋なんて売っていないのですよね。わざわざ新しいものを作ってもらい、熱湯に晒したりして”あく”を取って仕込んでいましたよ。」

田中杜氏にとって先代社長の存在は大きな存在でした。
八重垣の酒をこよなく愛し、酒銘に確固たるポリシーを持っていた先代社長は、「 酸が多く、味が濃く、辛口でなければ八重垣の酒ではない」と言い続け、例え顧客が誰も飲まなくても主人の自分が飲む、と断言していました。 この思い入れが、八重垣の個性を創り上げたのでした。

ヤヱガキ酒造の杜氏に就任して42年。『酒は心で造るもの』を信条に、上質な酒を追い求める田中杜氏にヤヱガキ酒造の酒造りの個性について聞いてみよう。

清流 林田川

まずはヤヱガキの酒を造る水について聞いてみました。
「林田川の伏流水を使用しています。この水は中国山系の伏流水で柔らかくておいしい水です。揖保川、林田川のまわりには素麺メーカーやコーヒーメーカーなど“いい水”が必要な企業が沢山ありますよね。」
この水を使うと飲みやすくキレがある上品な酒に仕上がると田中杜氏は語ります。

「次に米ですが、なんといっても兵庫県は山田錦の産地としても有名です。日中は気温が高く、夜は六甲山のふきおろしで冷える、この寒暖の差が山田錦の栽培に最適なんでしょうね。山田錦は心白も大きく、よい麹が作りやすいですよ。」

造りについては、機械造りを廃止し、質のよい酒を造るヤヱガキ酒造。その造りへのこだわりもひとしおのものではありません。
「人の肌で温度や感触を確かめながらやるのと機械が時間を計ってやるのでは酒の味が全然違ってしまいます。微妙な温度調節や麹の様子を見ることは機械ではできません。手で触り、米に含まれる水分を見るんです。温度を均一に保つために上下を返して、これをひと時も目を離さずチェックするんです。そして麹がしっかりできているか、手触りで判断する。いい酒には元気な酵母が必要です。それが活動しやすいよう、指示を出すのが杜氏の仕事です。やっぱり酒は生き物ですから、放ってはおけません。」

純米大吟醸 青乃無

また、ヤヱガキの酒というと、まず思い浮かぶのは純米大吟醸『無』。
続いて杜氏にこの酒について聞いてみよう。
「純米大吟醸『無』は麹米に山田錦を、掛米に五百万石を使用しています。こうすることにより、山田錦だけで造るより、キリリとまとまりがよくなります。山田錦だけで造るとおいしいのですが、何杯も飲むというわけには行きませんよね。掛米に五百万石を使うことにより、大吟醸だけれど2杯3杯といけますよ。」

杜氏の経験と技術が醸す、極上の酒。
深い愛情が注がれた杜氏が造る酒は、おのずと呑む人の心を潤す酒となるのだろう。

それでは最後にこれからの抱負を聞いて、インタビューを終わるとしましょう。

「この道に入って40年でようやく酒と話ができるようになりました。酒造りに入学はあっても卒業はありません。いつも頭には造ってみたい酒があります。みんなに喜んで呑んでもらえる酒、日本一の酒を造ってみたいですね。健康な限り挑戦し続けます」
2012年7月、但馬杜氏組合の組合長に就任した田中杜氏。 また、同年11月には、「現代の名工(厚生労働省の卓越した技能者の表彰)」にも選ばれた。 後進の育成とともに、さらなる高みを目指し、歩みを止めぬその姿にこれからのヤヱガキの酒に期待せずにはいられません。