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国稀酒造株式会社 ~蔵主紹介

家電メーカーから蔵元へ! 増毛町に第二の人生を賭けた、辣腕マーケッター。

四代目・林 眞二 代表取締役社長

石敷きの廊下や太い梁がつや光る国稀酒造㈱では、ゆかしい呉服店の帳場や座敷をそのまま残し、見学者に無料で味わってもらう美酒のラインナップも豊富。明治の旧家を体験できる様式に改修し、年間13万人もの来客を獲得している仕掛け人が、四代目蔵元の林 眞二 代表取締役社長です。
「実は、東京生まれの東京育ちです。37歳まで独身で、都内の家電メーカーの営業をしていました。名古屋に転勤命令が出まして、家族や知人が、このままだと一生独り者だと心配し、見合いをすることになったのです。仲人の方が北海道出身者だったこともあり道内の女性をいろいろとご紹介頂きまして、39歳で妻と縁を結びました」

その人が、傍らに寄り添う花織 取締役。しかし、当時は二人とも本州に暮らし、国稀酒造を継ぐ話も本間家から持ち上がらず、一般的なサラリーマン家庭をスタートさせました。
ところが40代の後半に、林 社長が務める会社が不況によってリストラを敢行。そこで希望退職し、東京で自営業を画策していた矢先、伝え聞いた花織 取締役の母・擴子 前社長から「酒蔵をやったらどうなの」と打診されたのです。

開放型の酒蔵に改築

平成9年(1997)、林 社長夫妻は増毛町へ移住し、第二の人生を始めるべく国稀酒造へ入社。東京から増毛へ移った林 社長に、かつて佐渡ヶ島から渡った創業者・本間 泰蔵を重ね見てしまいます。

しかし、家電の業界とまったく畑違いの酒造業界に、違和感はなかったのでしょうか。
「私のおりました家電業界は、市場も商品も戦々恐々とした時代でしたが、酒造業界は国税や流通に守られ、何と平和な商売なのかと驚きました。当時の国稀酒造は製造量が2000石を超え、さらに昇り調子。週末になると観光客も訪れ、蔵を案内する人手が不足するほどでした。そうなった理由は、古参社員の地道な手売り営業だったそうです」

 昭和から平成にかかる頃、国稀酒造の売り上げは低迷し、苦肉の策として札幌へトラックで酒を運び、飲食店を一軒ずつ回りながら試してもらったと、新任の林 社長は以前の営業支配人から聞かされたそうです。

すべての商品が、無料で試飲できる

一度口にしたお客様は「うまい!」と目を丸め、増毛町まで車を飛ばして買いに来るようになりました。さらに、見学した蔵元の佇まいや旧商家丸一本間家のしつらいに感動し、一気に国稀ファンが増えていったわけです。このマーケティングの秘訣を林 社長に訊ねれば、増毛町との一体化にあると即答します。
「道内のどこへ参りましても、私がご挨拶に『国稀です』と言いますと、『ああ、増毛だね』と返事があったり、『増毛から来ました』と言えば、『国稀がある町だね』と答えられる方ばかりでした。つまり酒を売るのではなく、まず増毛町の魅力を売ることだと気づいたのです」

 林 社長は平成11年(1999)から近代化5カ年計画をスタートさせ、新社屋を建設し、蔵の設備も増強。開放型の販売店と駐車場を整備し、酒蔵を一般公開したことで、年間客数は4万人から13万人に増えたと語ります。

土蔵の中の展示品
「北海道赤レンガ賞」を贈られた、本社社屋

ノスタルジックな雰囲気の蔵を案内してもらいつつ、ここを訪れるお客様の反応を林 社長 夫妻に訊ねてみました。
「実際に蔵元一族が暮らしていたので、生活の匂いをそこかしこに感じることができます。初代の泰蔵が石蔵を多く建て、その中に時代を偲ばせる品物がけっこう残っていまして、それらの逸品を展示するスペースもご好評頂いています」

漆喰壁の土蔵の中には、酒屋らしい風情を映す道具や酒器のほか、年代物のレッテルが閲覧されています。そして、壁面には国稀の美酒がズラリとならび、思わず手に取ってしまうほど粋な設計です。

この店舗と同時に建てた本社事務所も、石造りの壁が目を惹きます。外観は、本間 泰蔵の時代に山麓から切り出した石積みですが、骨組みは頑丈な鉄筋構造。新旧の工法を取り入れた素晴らしい建屋に、平成17年(2005)「北海道赤レンガ賞」が贈られています。

現在は、4000石の生産量

このようにブランド戦略を超える、増毛町起こしの戦略によって道内ファンを魅了してやまない国稀酒造。現在は生産量4000石を誇りますが、その内訳も驚異的です。
佳撰(普通酒)の国稀38%、辛口の鬼ころし28%と、リーズナブルな晩酌酒が6割を占め、全体の消費者は95%が道産子。筆者も味わいましたが、最大の特徴はキレの美しさと柔らかな旨みでしょう。本州の吟醸酒に代表される淡麗辛口と一線を画し、レギュラー酒ジャンルでこれだけの美味しさを醸す秘訣はどこにあるのでしょう。
「超軟水の仕込み水でしょうね。増毛町の後ろに聳える暑寒別岳から下る雪解けの伏流水は硬度が著しく少なく、低温でじっくり発酵させる酒造りに適しています」

超軟水で仕込む、人気の上撰「国稀」

林社長自身、東京からやって来た当初、この水の美味しさに仰天したと言います。なるほど、空気の澄んだ道北の雪が大自然に恵まれた土地に濾過され、究極の清らかな地下水に変身しているわけです。余談ながら、増毛の豊かな海の幸も滋養たっぷりな暑寒別岳の雪解け水に集まるプランクトンのおかげなのです。

この水で洗い、蒸し、醸す原料米でも、林社長は増毛町とのタイアップを図っています。
国稀酒造では北海道産の酒造好適米「吟風」を使用していますが、平成12年(2000)に開発された頃、増毛町JA青年部の5軒の篤農家から提案を受けました。地元貢献も含め、林 社長は二の苦も無く引き受けましたが、当時使っていた酒造好適米は道外産の品種がメインでした。
そこで、増毛限定の商品開発に着手。以来、続々と、増毛町でしか買えない地元に特化した銘柄を生み出しています。この取り組みによって、北海道産の原料米の構成比は28%に上昇。近い将来は、5割以上の使用を計画しています。

増毛町のヨットハーバー

筆者は取材前、国稀酒造に留萌の漁師たちと地元の酒販店などが企画した商品があると聞いていました。その名も「漁師のちからみず」。このユニークな商品の開発について、訊ねてみましょう。
「留萌管内の漁協青年部から、9年前に漁業と日本酒のコラボレーションのお話を頂きました。増毛町にはヨットハーバーがありまして、そこで『酒って、船で揺られると美味しくなるんだよね』とこぼれ話を耳にし、遊び心で閃いたのです」

留萌漁協の漁師たち
漁師のちからみず

さっそく林 社長は友人のヨットに製品化する前の原酒を乗せ、一ヶ月から三ヶ月の間、それぞれ揺らせてみると、確かに味がまろやかに変化していました。
これを留萌漁協に登録しているさまざまな漁船に積み込み、操業しながら揺らせています。載せている船や地域もいろいろと変わるので、どんな味わいになるのかも興味津々というわけです。

そう言えば、創業者の本間 泰蔵は、造った酒を船で道北地方や島へ運んでいました。林 社長のアイデアは、泰蔵の商売ともつながっているようです。
ただし、揺られた味わいの科学的な証明がないので、メーカーとしてはコンプライアンス・トレサビリティにも関わるだけに、あくまで4,000本ほどの少量。販売も地元限定のプライベートブランドです。
その売り上げの一定額は漁協へ支払われ、留萌地区に貢献する仕組みなのです。

近い内に、蔵へ外国人観光客も

さて、北海道は今、アジアやオセアニアからの観光客に人気を呼んでいます。札幌や旭川で日本酒を口にした彼らの反響が輸出市場にもつながっていますが、増毛町には、まだ人波は押し寄せていません。
しかし、近い将来、増毛町が外国人観光客の穴場となれば、海外市場を視野に入れるのも必然。その予測を、林社長に訊きました。
「3年前までは、まったく見かけなかったのですが、今年はちらほらとレンタカーで増毛にいらしています。ただ、まだまだ国稀を爆買いされる方はいませんが(笑)。それでも、うちにいらして下されば、その時点で、海外での情報発信者になるわけですから、輸出にも生かしたいですね」

少しずつ海外市場へ取り組む

すでに国稀酒造は微量ながら、アメリカや香港へコンスタントに出荷し、昨年はシンガポール、韓国、ベトナム、スペイン、イギリスに新たな販路を作っています。
「最近は農林水産省が原料米や清酒の販売促進に力を入れ、補助金を拠出したことで、当社もその利用を申請しています。輸出は時間がかかるビジネスですので、今から少しずつ市場を確かめながら進めていきたいと思います。ですので、性急に現地へ乗り込んで開拓するのではなく、流通と販売ルートがセッティングされたビジネスから始めています」
 花織 取締役の答えに、冷静で着実な海外市場への取り組みを実感しました。

酒米で貢献するのも使命

締めくくりに、現在の日本酒人気を見つめた上で、今後の抱負を聞かせてもらいましょう。
「酒造業の門外漢だった私が後継者となって、ようやく17年目。大きなビジョンは、まだ持っておりません。でも、いろんな業界の方々と新しい取り組みをしながら、ビジネスチャンスにしたいと思います。最近は、道内の農業関係の方々がTPPの問題も含め、先行きを懸念して苦しんでおられます。つまり、飯米作りから酒米造りへシフトする傾向にあります。平成26年(2014)には新しい品種の酒造好適米・北雫(きたしずく)が登場し、農家の積極的な作付けがスタートしています。当社にも相談や打診が来ておりますので、増毛町と一緒に、北海道への貢献も併せて取り組んでいきます」

二人三脚で歩む、第二の人生

林 社長は自身を謙遜しますが、筆者からすれば、たった17年で大車輪を描いたマーケティング戦略に圧倒されっぱなし。さすがに、家電業界で辣腕を揮っていたビジネスマンとリスペクトしてしまいます。
そして何より、林 社長のインタビュー中、受け答えのひとつひとつに頷く花織 取締役との二人三脚があればこその成功にちがいありません。
国稀酒造㈱と増毛町に、第二の人生を賭けた林 社長夫妻。その胸中に描かれている北海道酒が歩むべき新しい戦略に期待しながら、銘酒「国稀」を味わうこととしましょう。