なんでだろう?甘・辛の理由 第二弾!

解体新書 第17回

理論的には、水とアルコールの比重関係

前回に続いて読者からのお問合せに答える形でのお題拝借。
今回のテーマはお酒の甘辛についての話題です。
ここのところ当サイトは読者からの色々な御質問も多く、ご本人様への返信は出来るだけ早目にさせていただいてますが、本欄のテーマに載せるのが遅れ気味になってしまいます。
でも、懲りずにドンドン投稿メールしてください。
ご意見お問合せをお待ちしています。
何卒宜しくお願い申し上げます。
それでは、本題。

お酒の甘辛の好みを聞けば、100人中9割以上の方は辛口が好みと答えます。
では、お酒の甘辛とはどういう意味ですか?と問うと、殆どの方は御存知ありません。
小生、早稲田大学と文京女子大学で受講生の方にワザと意地悪な形で質問してみたことがあります。
「酒の甘辛とは何のことだか御存知ですか? 一番、アルコール度、二番糖度、三番えーっとマァ何でもいいけど、例えば比重。 一番二番三番のどれでしょうか?」
このようにしてワザと間違えさせるよう質問すると、まず8割の方は糖度と答えます。
実は、比重なんすけどね。
たまにアルコール度と答える方の中には、「スーパードライってのはアルコール 度数が高いって 聞いたことがあるから、ドライ(辛口)というのはアルコールが高いことだと思ってた‥」という方も いらっしゃいました。すばらしい。

この甘い辛いというのが美味しさの基準として使われるようになった経緯は、以前第1回ゼミでも書きました。 清酒が品不足だった時代に酒の量を増やすために糖を使用したお酒が出回り、2合も飲むと口の中がニチャニチャバリバリしてくる。 それが嫌で、地酒に傾倒する人が増えてきた。 そんな時代の目安として、ニチャニチャバリバリする酒は甘口(比重が重い)だったので、辛口という言葉が 美味しい酒の指標になっていった。

簡単に言うと、そんなことだと思います。 でも現実にブラインドでテストしてみますと、みなさん辛口の方を選ぶかというと、そんなことはありません。しっかりした地酒であれば、日本酒度だけでいえば甘い方を選ぶ方も意外に多いのが現実です。 そして、この要因には、これまでに述べてきた出身地の食性や味覚が関わっています。 ただ最近の地酒は圧倒的な数が淡麗辛口の範疇に入っており、その中で比較すると甘い方を選ぶ、そういった傾向のようです。

泣かせる!辛くて甘い、お話し。

また、甘いから美味しいのか、辛いと美味しく感じるのかというのは、体調によっても変わります。
上野の地酒屋さんの実話に、こんな有名な話があります。
ある辛口の酒を3日と空けずに指名買いしていた、見るからに精力的なモーレツサラリーマンがいました。
その日、いつものようにいつもの酒を買おうとすると、そこの店主が別の酒を薦めたそうです。
「そんなの要らない。いつもの酒をくれ。在庫が切れているのか?それとも、どうしても別の酒を売らなくてはならない事情があるのか?」
そう聞いても、地酒屋の店主は「今日はどうしてもコッチの酒を売る」と言って頑固です。
そのモーレツサラリーマンも納得はいきませんでしたが、仕方なく店主の薦める酒を買って帰り飲んだところ、これがトッテモ美味しく感じる。
チョット深酒したものの翌日も爽快で、元気に地酒屋さんに電話して、「オヤジさん、昨日薦めてくれた酒は本当に美味しかった。 今度からはアレにするよ。」と言ったところ、地酒屋の店主は、「イヤ、今度き たときは元の酒を買ってもらう。昨日の酒は売らない。」と答えたそうです。
頭にきたモーレツサラリーマンが文句を言おうとすると、地酒屋の店主が言葉を続けました。
「昨日のあなたは、いかにも疲れていらっしゃった。いつもの覇気が無かった。人間、疲れているときは甘めのお酒が美味しく感じられるものです。だから、昨日のあなたには、痛飲するのではなく、疲れを癒すタイプのお酒を飲んで欲しかったのです。こうしてワザワザお電話をしていただけるほど元気になられたのなら、いつもの酒をグイグイ召し上がって明日への活力を蓄えられる、そんなあなたに早く戻ってください。」
そう答えたそうです。
いい話だと思いませんか。

最近は、甘い・辛いプラス、もうひと味。

甘い辛いについて、もう一つ。

「おいしい」の言葉の定義というか、表現の変遷の問題があります。 かっては、不景気になると甘口の酒が好まれ、景気が良くなると辛口に移行すると言われていたそうです。 これは時代背景として、「不景気=肉体労働的に身体が疲れる」という意味で捕らえると、先程の「疲れを癒す酒=甘口」「明日への活力を蓄える酒=辛口」と考えれば納得がいきます。 ところが最近の不景気は失業率が上がっても、フリーターが増えるだけで肉体労働が増えることはなく、 労働産業は空洞化しています。 「おいしい」の定義は「飲み易い」に集約されていってます。 ただ、ここ最近の流れとして、「飲みごたえがある」という表現で嗜好が甘手に振れてきている傾向もあり、 「辛口」から「キレがある」を経て「飲み易い」に移行した「おいしさ」の表現は、「旨い」「飲みごたえ」に変わりつつあるのかもしれません。 さらに考えますと、混沌とする現代では、心や気持ちに「やさしいお酒」というのも、甘い・辛いとは別口の味わいとしてあるのかも知れません。 この味づくりは、蔵元としても微妙で、とっても難しいところであります。