TOP > 蔵元紀行 > 秋田酒類製造 > 蔵主紹介

会員サイト

入会特典

・「いい酒のめーる」の購読
・利き酒会やイベントへのご案内
・検定やサイト機能の利用
・マナベル度の獲得

会員登録

すでに会員の方はこちら

ログイン

蔵元紀行

北海道

東北

関東・甲信越

中部・北陸

近畿

中国

四国

九州

イベント情報

  • 利き酒会について

地酒の用語集

あなたの地酒の知識を増やしましょう

  • 地酒用語集

秋田酒類製造株式会社 ~蔵主紹介

高清水レッドと表現したくなるような赤い大屋根、そして上質の酒米を想わせる白亜の社屋。
平成19年(2007)の秋には、秋田県で開催された全国障害者スポーツ大会(若杉大会)の開会式を御高覧なされた皇太子殿下が、ここを御訪問されています。

「皇太子殿下は、日本酒がとてもお好きでいらっしゃいます。モロミの発酵状況をご覧頂こうとグラスにお注ぎいたしましたら、『ちょっと口に含んでも、よろしいですか』とおっしゃられまして、そのままテイスティングして頂きました。試飲コーナーでは、朝搾りの生酒やしみずの舞いなど4種類の銘酒を御飲み頂きました。後日、県の方からうかがったのですが、その夜のお食事の際も当社のお酒を御所望賜ったとお聞きしまして、社員一同、大変感激しております」
その御案内シーンをここに掲載することはできませんが、地元新聞の記事には、諸橋社長の横で笑顔をほころばせ、美酒を口になさる殿下の御姿がありました。
御案内役を賜ったことは生涯の栄誉と、諸橋社長は語ります。

諸橋社長は、秋田県潟上市(かたがみし)の出身。秋田市の北西部、男鹿市の南東に位置する町で、八郎潟、日本海を臨む、素朴な秋田の景色を今も残しています。
歴史編でも紹介したように、実家は創業時に合併した蔵元の一軒。父親が引退するまでは東京の大手酒造メーカーに勤め、来るべき日のための修行に励みました。

「私が秋田酒類製造株式会社に入社しましたのは、昭和57年(1982)。日本酒需要は高く、大手酒造メーカーはテレビコマーシャルを使って全国展開していた時期です。そして、地方の清酒が、脚光を浴び始めた頃でした。現在のシェアは県内35%、県外65%ほどですが、当時の市場はもっぱら秋田でした。昭和60年代に入りますと流通や情報が加速度的に進化して、県外市場にチャンスを求めました。仙台や東京ですね。営業マンだった私も、頻繁に東京へ出かけました。しかし、これからは地元への回帰と申しますか、秋田の人たちに喜んで頂ける酒造りを、改めて見つめ直そうと考えています」

秋田の酒のアイデンティティとは何か?洋酒から発泡酒まで、あらゆるアルコールが混沌としている今、諸橋社長はこの大きなテーマに取り組む決意を固めました。

そこには、秋田の食文化や暮らしの中で生まれた“いつも傍にあった秋田の酒”というサブテーマも欠かせないと言います。
吟醸酒ジャンルを充実させるという垂直的な商品戦略ではなく、上撰本醸造や精撰クラスの商品価値をボトムアップするという水平的な商品戦略。定番人気のリーズナブルな高清水ラインナップを、さらにベネフィットを生み出す商品に進化させるマーケティングや投資を展開しているのです。

「今、新規投資をできる酒造メーカーは非常に少ないと思います。当社にとっても大変なプレッシャーですが、敢えて、やれる時にやっておくべきだと我々は考えます。そして、一番難しいレギュラー酒市場に立ち向かう戦略を取りました。お手頃価格なので今後も需要は続くジャンルですが、さらに価値ある商品にする工夫が必要です。具体的に申しますと、瓶詰めラインを改良したフレッシュローテーションです。出来たばかりの酒を新鮮なまま、小容量でも出荷できる設備を導入します。良い酒造りという論点はマスコミによく取り上げられますが、一般の方々は“どんな米を使って、どんな水で仕込んで”という切り口に興味を持たれます。それはもっともなのですが、当社は出来上がった酒の保管状況や瓶詰め設備、物流環境なども非常に大事だと思っています」

秋田酒造製造株式会社は、昨今世間でかまびすしく取り上げられているトレーサビリティーや品質管理、安全安心に、早い時期からこだわってきたと諸橋社長は自負しています。時代ごとに、生産ラインの改善を徹底的に見直し、それが「いつ飲んでもうまい!高清水」の評価を生み出しているのです。

さて、取材班は、諸橋社長のご案内で、ひときわ酒蔵然とした空間「仙人蔵」へ。
「この仙人蔵は、当社で最も古い蔵を再生した新しい施設です。平成17年(2005)に完成し、コンセプトは“酒造(さけ)道場”。日本酒と真正面 から向かい合い、修行をするための場です。ここには、当社が自慢にしているハイテクな醸造設備や先端技術を、一切導入していません。つまり蔵人や研究者に、己と対峙することで“日本酒とは何ぞや”という根本から学んでもらう修練の場です」
ノスタルジックな光彩がにじむ仙人蔵の玄関には、いかにも道場の風格を漂わせるみごとな表木が掲げられています。その凛々しい揮毫に、日本酒を造る蔵人たちはまず頭を垂れ、日本酒ファンも静謐な気配に包まれることでしょう。

「ここを作るテーマや目的を社員と検討していた時、酒造りのためだけに、当社だけに価値のある存在ではいけないんじゃないかと、メンバー全員が声を高めてくれました。高清水のお客様が自由に見学して頂ける場、暮らしに活用して頂ける場、日本酒を通じてお客様の感動を生み出せる空間であることを、大きな目的にしようじゃないかと決めたのです」

そんな諸橋社長の決意を物語る環境が、この仙人蔵には整っています。
講演・イベントにふさわしいホールに佇めば、歴史と伝統がしみ込んだ伽羅色の木肌にゆったりと癒されることでしょう。ここでは、すでに秋田県出身のミュージシャンによるコンサートも開催されるなど、地域に貢献できるカルチャースペースとしても活用されているそうです。

その片隅には、趣のある昔のフネ(上搾器)で作ったカウンターバー。ほのかな琥珀色のライトの下で、高清水の美酒をたっぷりとテイスティングできます。
階上には、酒造りにちなんだレトロな品々が揃えられ、見学者の視線を惹きつけます。

「若い方を中心に、酒をたしなむ人たちが減っていることは事実ですが、これは日本酒に限ったことではありません。格差社会、健康志向、個人主義の生活スタイルなど、さまざまな要因によって変化しているわけですが、悲観的に捉えていてもイノベーションは起こりません。私たち酒造メーカーは良い酒を造るだけでなく、良い暮らしを創り出すことがミッションです。今、そうなっていかねば、いずれ淘汰されると思います。それは、当社が創業して以来、ずっと繰り返してきた革新の道でもあります」

諸橋社長のご家族は、日本酒をよく嗜むそうです。それは自身が蔵元であり、家族も日本酒の話題に親しんでいるからだと言います。そんなふうに日本酒と近しくなる環境や機会を提供していくことが、高清水ファンを増やすだけでなく、秋田酒の文化を培っていく地道な活動であると諸橋社長は付け加えます。
期待高まる、銘酒・高清水の新しい味わいと魅力……これからも、全国の日本酒ファンを、うっとりと酔わせてくれることでしょう。