

新たな高清水の理念を象徴するかのような、酒造道場「仙人蔵」。実は、この素晴らしい施設を竣工できたのは、もう一人の立役者がいたからと諸橋社長は教えてくれました。その人物が、銘酒・高清水を醸し出す匠で常務取締役でもある、古木 吉孝 製造部長です。
昭和29年(1954)秋田市に生まれ、山形大学の農学部を卒業後、秋田酒類製造株式会社へ入社。約20年間、醸造研究に没頭してきた技術者です。
いわば、高清水の父とも言える、生え抜きの主匠と言えましょう。
「この仙人蔵は、当社の酒造りの精神を伝承していこうとする社員の心が一つになって出来上がった、“温故知新”の蔵だと思います。3年前のこと、初入蔵以来、造り手たちと 苦楽を共にしてきた“中仙蔵(なかせんぐら)”を、私自身の手で閉鎖することになったのです。

しかし、手塩にかけた蔵や道具を失ってしまうことが忍びなく、私たちの魂が宿っている歴戦のタンクをこの仙人蔵の中心に据えようと考えました」
古木常務の言うその中仙蔵は、秋田県の大仙市中仙町にありましたが、平成17年(2005)に最後の仕込みを終えました。
平成3年(1991)から14年間、吟醸酒、純米酒から定番品の特撰酒などの仕込みを担ってきた蔵で、その仙北平野は県内有数の米どころであり、豪雪地帯です。
「中仙蔵は、空調など最新設備をほとんど使わない蔵でした。この本社にある蔵との温度差は、-5℃ぐらい。つまり、秋田らしい冬の気候風土の中で、人間が五感を研ぎ澄ませて造るという“真剣勝負”の場です。その魂を、この仙人蔵に移したかったわけです」
ほころぶ古木常務の笑顔に、戦友のようなそのタンクが仙人蔵に据えられた日の喜びはひとしおだったにちがいないと、筆者は推察します。
古木常務は、高清水ならではの酒造りの教えを、忠実に守ってきた職人気質の人でもあります。偉大な先輩たちから受け継いでいるその信条とは、以下のような内容でした。
・蔵人の「和」を大切にすること。いくら優秀な杜氏がいても、一人で良い酒は造れない。酒造りの奥義は、技よりも米、米を磨くよりも人を磨くことにあり、“人の和をもって、米の命を醸す”ことに蔵人としての使命を感じなければならない。
・基本を忠実に守ること。酒造りは、微生物との戦い。このため蔵内の整理整頓はもちろん、基本となる温度管理などには全神経を集中させなければならない。
・お互いに、信頼と友情を大切にすること。酒造りは多くの工程に分かれるため、次のセクションに引き継ぐときには、相手を信頼し、コミュニケーションを密にした連携プレーに心がけなければならない。
「これが、とことん自分の身に染み込んでいます。そして、次代の蔵人に伝えるためにも、仙人蔵を完成させたかったのです」
古木常務は、そう語ってくれました。
次に、高清水の酒づくりにおける“こだわり”を訊ねてみました。
まず水ですが、同社の本社工場は、川尻微高地(高さ約3m)と呼ばれる場所に位置し、ここは藩政時代から水の良いところとして知られ、現在でも優良な地下水脈を保持しています。
「我が社では、工場敷地内に4本(現在は3本使用)の井戸を掘り、地表より9m~12mのところの地下水を汲み上げています。この水は硬度2の軟水で、味わいは柔らかくて腰が強いとされています。
米については、“米の秋田は酒の国”と謳われるほどに、雄物川とその支流にひろがる穀倉地帯から良質の酒米が生産されるため、その大半を県産米でまかなっています。美山錦、秋の精、秋田酒こまちなどが、主たる品種です」
近年、東北各県では地元産の酒造好適米と地元酵母を使った酒造りが広まっていますが、秋田酒こまち+秋田流花酵母(AK-1)とのコンビもその一つのようです。
高清水でもこれを使用するそうで、古木常務は「協会9号酵母より、味・香りが華やか」と高く評価しています。
そして、インタビューの後半は、仙人蔵に場所を移しての取材となりました。
「道場となれば、修行!修行となれば、当然、厳しい世界です。だから“仙人蔵に入るには、それ相応の覚悟をして来い!”と、私は部下に訓示しております。しかし、当初は悩んだのですよ。新しい蔵を造るわけですから、生産性という課題も無視できませんでしたから、新しくて便利な設備も検討しました。すべての工程を手作業で行う場合、その途上の失敗予防策は少ないですし、まったくの堕作になっても致し方ないわけです。でも、私は思いました……あの中仙蔵での日々は、どこか、ちがっていた。言葉では上手く表現できませんが、酒という命ある存在と対峙して、我々には、“畏まる心”や“いさぎよい精神”のようなものが備わっていた気がするのです。そんな心構えこそ、これからの酒造りにはますます大切になってくると思うのです」
なるほど、まさに古木常務自身、覚悟を決めた大決断。しかし当初、蔵人たちは、時代錯誤も甚だしいと猛反発。空調設備も品温管理も存在しない製造現場がどこの世界にあるのかと、激昂したそうです。
「しかし、何も無くて大変だからこそ、やってみる価値があると私は思います。私たちの先達の方々が、どれほど苦労を積み、どんな試行錯誤されたかは、机上のマニュアルでは修得できません。自分の体と心で覚えなければ、ダメです。“虎穴に入らずんば、虎子を得ず”、この道場に来る覚悟が無い者は、来なくてもいいのです」
熱く語る古木常務の視線の先には、簡素な緑色のタンクが数基据えられていました。そこにはコンピュータ制御の機器も冷却パッチも一切見当たらず、昔ながらの櫂棒や柄杓な どが置かれているのみ。蔵には見学者も入れますから、造り手の人たちは、常に視線を感じながらの酒造りとなります。
「緊張を解くことなく、人目にさらされるのも、修行の一つですよ」
その古木常務の名言に、明日の高清水を担う逸材が現れることを期待しましょう。