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石川酒造株式会社 ~蔵主紹介

十八代目当主 石川彌八郎

樹齢700年を超える御神木、かつて多摩川の伏流水を汲んでいた古井戸、熊川分水のせせらぎ、230年前に普請された長屋門、巨大な鋼鉄のビール釜……石川酒造の敷地をめぐり歩けば、酒蔵好きの諸兄諸氏は童心に戻ったように心躍ることでしょう。
そして、一杯の地酒や地ビールを味わいながら、昼下がりのノスタルジーに耽る幸福。
そんなイメージを実感させるのが、十八代目当主・石川 彌八郎 社長の掲げているスローガン“酒飲みのテーマパーク”です。
「平成10年頃まで、当社は“良い米を買い、良い酒を造り、丁寧に出荷する”ことが正業でした。しかし、それは我々自身がいつの間にか甘んじていた固定概念のような気がします。つまりは、供給する立場でしか、商品もお客様も見ていなかったのです。例えば、私は全国新酒鑑評会の出品酒の審査もしたのですが、その会場では酒を啜る音と鉛筆を走らせる音ぐらいしか聞こえません。

樹齢700年以上の御神木

そこで金賞酒が決まるわけです。ところが、実際の飲食の現場を歩いている内に、はたと気付いたのです。レストランや居酒屋に行けば、酒が好きな人たちはワイワイ騒ぎながら、飲みかつ食べて、誰一人として酒の品評などしませんよね。目からウロコと言いますか、本当の酒好きにとっての酒の有り方とは何かが、解ってきました。それは、空間、器、仲間、雰囲気、サービスなど酒を取り巻く要件が整ってこそ“美味しい”と感じられることです。もちろん、その酒の品質は確かなものでないといけません。考えてみれば、当社にはそのいくつかが揃っていたのです」
石川酒造を訪ねたこの日、おりしも「福生のビール小屋」が新装したばかりでした。開店7年目を迎え、地酒・地ビールとイタリアンメニューが人気を呼び、座席数を増やすためサンテラスを新設しました。また、客席前にはピザを焼く竈を設けるなど、オープンキッチンスタイルにも石川 社長の持論が窺えるのです。

地ビール 多摩の恵み

石川 社長は、昭和39年(1964)生まれ。平成2年(1990)大学卒業と同時に、石川酒造へ入社しました。
その年末より国税庁醸造試験所(現在の独立行政法人・酒類総合研究所)に学び、主席で卒業後、酒造米の研究室助手として勤務。そして、再び家業に戻ってからは、卓抜した才能を生かし、日本酒だけに留まらず地ビールの調査研究に没頭しました。
ドイツ、ベルギー、チェコ、アメリカ、カナダなどのブルワリーを訪問視察し、その成果として平成10年(1998)に地ビール「多摩の恵み」を完成させています。

「その年は、私自身の生きがい、生きざまを本気で問い直してみる年でした。大それた言い方ですが、忙しさの限界とはどんなものなのか、一度経験してみたかったのです。“多摩の恵み”の商品化、“福生のビール小屋”と“そば処・雑蔵(ぞうぐら)”の構想・設計とオープン、それに自身の結婚も重なりましてね。いやはや、てんやわんやでした」

懐かしげに語る石川 社長に、「八面六臂、寝食を惜しんでの挑戦だったのでしょうね」と筆者が問うと、人間味を感じさせる答えが返ってきました。
「私はちょっと人様と異なってるのか、風変わりなところがありまして、何でも経験してみないと本質は分からないと思う主義です。高校時代には、本当に腹がへるとはどういうことなのか、とことん絶食して、眩暈を起こしてフラフラになったこともあるんですよ(笑)。好奇心の塊と申しますか、凝り性でもあるようです」
なるほど、確かにエクセントリックな石川 社長の行動ですが、実は、筆者も同じ主義。あらゆる物事の本質とは、自分が限界まで体験してこそ感じ取れるのではないでしょうか。むしろ、そんな石川 社長だからこそ“酒飲みのテーマパーク”というこだわりのスローガンを打ち出せたと、得心するところです。

それでは、さっそく石川酒造の理念、ポリシーを訊いてみましょう。

石川酒造は地域の誇りであり、自らの誇りでもある

「これが、当社の企業理念です。これを明文化したのは最近ですが、実際は創業以来、連綿と受け継がれてきたものだと思います。4世紀にわたって存続してきた石川家はさまざまな形で社会に適合し、その生業は地元に密着したものでした。これを振り返ってみて、私は“存続とは、社会が発行する見えない免許証”であると考えます。当社が関わるあらゆるもの……顧客、従業員、取引先、出資者、近隣者に『存続していいよ』と免許を頂いたなら、その信頼に応える行動、価値、魅力を身に付けねばなりません。そこで、大切なのが、次の4つの綱領だと思います」

  • 人が生きてゆくには、「誇り」が必要である
  • 「誇り」のない人生は生き甲斐もない
  • 「誇り」は人生に活力を与える
  • 石川酒造は、地域の誇りとなり、地域に活力を与えたい

なるほど、石川 社長の熱い語り口からも、常に「誇り」を矜持することが石川酒造のコンセプトのようです。
さらに、この「誇り」の上に立つ経営テーマが、“顧客、従業員、取引先、出資者、近隣者の満足度の追求”となっています。
「満足とは何か、いつも考えています。それは『あらゆる方に感謝される』こと、『あらゆる方に幸せを贈ること』だと思います。その対価としてギャラを頂く。ですから、お金は最後に付いてくるものですね。それが、プロです。例えば、新入社員は技量や経験に乏しいですが、この心構えは初日からでも持つことができます。高い志を掲げて毎日励めば、技量も能力も格段に速く向上するはずです」
すなわち、プロフェッショナルとは自分自身に誇りがあり、自分の生き甲斐をコミットメントできる人だと、石川 社長は付け加えます。
この解説を納得させるものに、石川 社長のもう一つの顔があります。それは、プロの“ブルースハーモニカ”奏者。

石川 社長は幼い頃、映画音楽で聴いたブルースハープに惹かれ、30歳の時にブルースハーモニカの演奏を独学で始めました。その後、本格的に国内第一人者のプロから指導を受け、現在は、著名な国内ミュージシャンのライブに参加するほどの腕前。無意識のアドリブに人気があるそうです。
「当初は趣味からスタートしましたが、近々“プロ宣言”し、誇りと自負を持って続けます。ですから、ギャラも頂きますし、アマチュア的な妥協は一切ありません。いったん物事を始めたなら、自分の限界までやってみることが大事だと思います」
ハーモニカの魅力を、少年のような笑顔で語る石川 社長。演奏のギャラは、将来いずれ金額がまとまったら、ユニセフ(国連児童基金)へ寄付するそうです。

限定酒・楽シリーズ

さて、石川酒造が「蕎麦と酒の雑蔵」や「福生のビール小屋」、蔵の空間を有効活用したイベントなど、地域に根ざしたビジネスを展開していることは述べました。それと同様に、蔵の中だけの「限定酒」がゲストを楽しませていることも紹介しておきましょう。
筆者は、販売コーナー・酒世羅(さけせら)で味わった「酒は楽しく/楽シリーズ」が特に気に入りました。
これは平成11年(1999)以後、年ごとに酒米の種類、酵母、醸造方法、生・火入れ、熟成期間などを変えた純米大吟醸のシリーズで、造り方は同じなのにさまざまな飲み口が楽しめる商品です。
「楽シリーズは、酒の比べ飲みを目的にした商品です。酒米に始まり熟成まで、日本酒の香りや味に影響を与える要素はいろいろあります。でも、それを飲み比べてみるサンプルは意外と少ないのです。

酒世羅

それに酒蔵が異なれば、気候、水、造り方が変わって、純粋に比べられるものではないですね。そこで、当社の中だけでやってみたわけです」
そう答える石川 社長が注いでくれた楽シリーズを、取材スタッフは試飲。それぞれの個性的な立ち香と味わいが、日本酒党の嗜好をワクワクさせます。これらは“一仕込一括瓶詰め”のため、調合(ブレンド)をしていません。つまり、唯一無二の酒と言っても過言ではないでしょう。

このコンセプトを表現しているのが、瓶ラベルに書かれている「徒然草(つれづれぐさ)」の一行。製造年ごとに名言を記し、唯一無二の酒だけに、飲んでしまえば二度と飲めないという「無常観」を石川 社長は伝えたいそうです。
ふと、ラベルで気付いたのが、2001年の酒に描かれた大欅の枝にいる一羽の鳥。これは何ですか?と石川 社長に訊ねてみると「夏になるとアオバズク(ふくろう)がやって来るんです。野鳥の会の方たちもいらして、日本酒やビールを飲みながら、じっと見てるんですよ(笑)。アオバズクも、今では当社に欠かせないメンバーです」ほのぼのとした絵柄は黄昏に映る石川酒造のようで、ここにも地元ファン造りの一コマがありました。

それでは締め括りに、今後の石川酒造の取り組み、多満自慢の価値創りについて聞かせてもらいましょう。
「和服(着物)や日本酒など、伝統文化を嗜むことが少なくなって、いつの間にか、みんなが日本人であることの誇りやアイデンティティを忘れている気がします。むしろ、最近は海外で日本酒がブームになりつつありますね。それ以前から、当社は横田基地が福生にできたことで、海外の方に日本酒文化を伝えてきました。それは、友好的な行為であるとともに、当社には日本人としての誇りがあったからだと思います。

米軍の方々は、横田基地での任期が終われば、世界各国へ配属されます。ここにいらしたことのある方や多満自慢を飲んだ方たちは、石川酒造のこと、日本酒の魅力を、世界中で『俺は、美味しい日本酒を知ってるんだ!』と自慢してくれます。
つまり彼らは、当社のアンテナ役であり、日本酒の広告マンでもあるわけです。彼らにとって、それほど日本文化、日本酒の魅力は高かったわけです。そんな波が、これからは海外から逆に入ってくるようになるかもしれません。逆輸入的に、若い年代の日本人に外国人のセンスや文化から見た日本酒のスゴさ、カッコ良さを感じてもらうことは、これからの大事な課題になるでしょうね」

実は、数日後に各国の大使館の要人たちが訪れることになっていると、石川 社長は打ち明けてくれました。しかし、自分の国の若者たちをおろそかにして海外に目を向けていてはいけない、改めて、腰を据え直して取り組まねばと力強く語ります。
インタビューを終えた筆者は、石川酒造に流れる血脈には地域の「誇り」だけでなく、日本人としての「誇り」も流れているのだと実感しました。その「誇り」が、銘酒・多満自慢の一滴一滴に醸されているのでしょう。