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石川酒造株式会社 ~水・米・技の紹介

前夜から降り始めた雪が、石川酒造の本蔵の甍を白壁に溶け込ますかのように積もっていました。しかし、分厚い漆喰に守られた蔵に入れば、外の寒風を忘れさせるほど物静かです。
仕込みも最終段階に近づいたせいでしょうか、蔵の中は落ち着いていて、静謐な空気と年輪を感じさせる梁や柱が、発酵する酒たちを優しく見守っています。
その一角で、ひたむきに麹米を切り返す三人の男たち。総檜造りの室の中は、初夏のような温かさ……躍動する肩や背中から玉の汗が吹き出します。
寡黙な仕事、麹を見つめる真剣な眼差し、ピタリと呼吸の合った動き。若々しい彼らの姿に筆者は見惚れ、カメラのシャッター音だけが響きます。
いずれも若いメンバーですが、そのリーダーとして銘酒「多満自慢」の現場を采配しているのが、石澤 大(いしざわ だい)杜氏です。

石澤 杜氏は昭和41年(1966)福生市に生まれ育った、“生粋の武蔵野の人”。東京農業大学の醸造学科を卒業しています。
「私がこの道に入ったきっかけは、父親の影響です。と言っても、父は酒造りをしていたわけではなく日本酒を飲むでもなく、実は、ウイスキーなどの洋酒コレクターです。今でも家の中は酒だらけで、足の踏み場も無いような状態です(笑)。そんな環境の中で育ちましたから、いつの間にやらアルコールと親しい関係になってしまいました。大学で醸造学を研究している内に、ワインやウィスキーより日本酒の方がおもしろくなったんです」
つまりは、単発酵の洋酒よりも複発酵の日本酒の方が魅力的であったと、石澤 杜氏は語ります。 卒業を前にして蔵元を探していた時、地元の福生市にも素晴らしい蔵元があることを知り、石川酒造の門を叩いたのです。今年で入社18年目。杜氏を任されて3年目を迎えていますが、入社当初はまだ季節労働者中心の現場でした。新潟・頚城地方からやって来ていた杜氏、蔵人たちの中に飛び込み、徒弟制度の中で厳しい修行、下積みを経験しています。
「自分は社員として入社しましたが、秋から冬は1日も休まず働き詰めの毎日でした。いわゆる下働きの“追い廻し”を5年ぐらい経験しました。

長かったですが、好きな仕事でしたから辛さはありませんでした。それに春・夏は休暇消費のため、ほとんど出社しなくてよかったんです(笑)」
その頃、同僚はよく休みたがったが自分は平気だった。そのお蔭で今日があると思うと、石澤 杜氏は眦をほころばせます。

それでは、石澤 杜氏に石川酒造の酒、多満自慢のモットーについて訊ねてみましょう。
「平たく言えば、誰にでも美味しいと感じてもらえる日本酒ですね。いつ飲んでも、どれを飲んでも、『うん!やっぱり多満自慢はイイね』と言ってもらえる酒造りを目指してます。ですから、吟醸酒には力を入れるけど、レギュラー酒はそれなりという仕事はできません。すべてに満遍なく、力を注ぎたいです。それと、自分が福生生まれ福生の味を持った地酒でありたいですね。でも、毎年のことですが、やはり酒造りは奥が深くて、まだまだ難しいです。迷いと安心、成功と失敗の繰り返しだと思います。そんな時に心強かったのは、前杜氏の小山光彦 師匠(現在は顧問)の存在でしたし、今は石川 社長といろいろ意見を交換しながら、日々、試行錯誤しています」

なるほど、石川 社長とは年齢も近い石澤 杜氏ですから気脈も相通じるのでしょうねと問えば、「実は、共通の習い事がありまして……偶然だったのですが、お互いに茶道を嗜んでいたのですよ」と、石澤 杜氏ははにかみます。
小さい頃から、何気なく伝統文化に興味があったと言う石澤 杜氏。それもまた、日本酒造りの道に通じる糸口になったのかも知れません。


さて、石川酒造の仕事について、まずは米選び、麹造りへのこだわりを話してもらいましょう。
「当社は、全量自家精米を行っています。酒米は、山田錦と五百万石が中心ですね。今年は山田錦が少し溶けやすかったりして、いつも麹造りには悩みが尽きません。近年は天候のせいでしょうか、米の仕上がりが微妙に異なるので、麹仕事をいろいろと試しています」
具体的には箱麹を使い、仲仕事まで温度を高めに保ったり、置く時間を長くしたり、逆に温度を少し下げてみたりと、試行と結果を検証しながら各パターンの手ごたえを掴んでいると、石澤 杜氏は解説します。
酵母については、基本的には協会酵母が主で、最近は14号(金沢酵母)、15号などを使うことが多いそうです。これらは、おだやかに芳香が広がり、米の旨味がふんわりと醸される近年人気の酵母です。

ちなみに筆者としては、これらの麹米と酵母の調和は石川酒造のこだわっている“瓶燗火入れ”によって、素晴らしい仕上がりになっていると思います。
「そうですね。実際、当社にいらしたお客様は佳撰酒(レギュラー酒)のふなくちを飲まれて、『うまい!これって、吟醸酒じゃないの!?』と驚かれます。瓶燗にすると、品質は飛躍的に向上しますね」
まだまだ駆け出しの頃の初心を忘れず、いずれ必ず、麹と語れるような杜氏になりたいと、石澤 杜氏は瞳を輝かせます。

次は、石川酒造代々の名水・多摩川の伏流水についてです。石川酒造では、創業の頃から敷地内に井戸を掘り、地下水を使ってきました。当時は、十数メートルの深さから汲み上げていましたが、現在の井戸は約150mまで掘削しています。
「水質は中硬水で、くせのない安定した水だと思います。私は、米の浸漬を大切にしているので、この水と毎年の米のバランスが大事なポイントだと思っています」
長年、多満自慢を仕込んできた石澤 杜氏は、この名水に馴染んでいます。それだけに、酒米との相性をつぶさに観察するそうです。
「最近は、水質規制も年々厳しくなってきているようですね。ですから、他の蔵元さんで地下水を使えなくなって、水道水を使われる方も多いと聞いています。その点、私たちは恵まれています」

普段当たり前に使用している井戸水ですが、これこそ多満自慢なんですと、石澤 杜氏は 胸を張ります。もちろん彼の体にも、我が町・福生の誇りである多摩の水がDNAとなって流れているのでしょう。

石川酒造の製造部は冒頭にも述べたように若い年代が中心、現在8名で構成されています。彼らを率いる石澤 杜氏の将来の目標、抱負を訊いて、インタビューを終えることにしましょう。
「私も部下も石川酒造の生え抜きですから、他の蔵元がどんな仕込みをしているのかを知る体験が少ないです。ですから常日頃、昔ながらの“蓋麹”を使った作業とか、こだわりの仕事に、少しずつでも取り組んでいこうと思っています。今、どんな蔵元も機械化と手造りの分岐点にあるのではないでしょうか。私は、どちらが良い・悪いではなく、手間をかける造り方が少なくなってきたことで、私たちのような若い人材が本来の日本酒らしさや日本酒文化に触れる機会が無くなることが残念に思うのです。今からでもそれができるのが若さの特権ですし、楽しんでやってみよう!チャレンジしてみよう!をモットーにした現場を作っていきたいですね」

最近は日本酒造りをやりたい若者が増えているんですと、石澤 杜氏は嬉しそうに話します。石川酒造の新人募集にも、毎年、かなりの数の人材が応募してくるそうです。
「そして、鑑評会でいつか金賞を獲りたいですね。でも、それに固執はしたくはありません。私たちが目指すのは、賞を獲れる酒ではなくて、日本酒が好きな方たちに喜ばれる酒ですから」
現場での厳しい表情とは打って変わった、石澤 杜氏の笑顔。そこには、彼の誠実な人となりがにじみ出ているようです。
その容貌がいぶし銀のように輝く日を、筆者は待ち遠しいばかりです。