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株式会社福光屋~水・米・技の紹介

すべてを純米酒に!本来の日本酒へ回帰した、福光屋の秘策。

寿蔵

2月末は、いずこの蔵元も吟醸造りが最高潮となるシーズン。福光屋の寿蔵も、華やかなモロミの立ち香に満たされています。
ふと、上槽を終えて貯蔵されているタンクの品名表示を目にした時、どこかしら違和感を持ちました。筆者が全国の蔵元でいつも見てきたのは、精米歩合や品質内容を記した特定名称酒別の表示。しかし、福光屋のタンクには「黒帯」「加賀鳶」など、ブランド別のタグが掛っています。
「これも、当社のマルチブランド政策による成果です。当社ではブランドコンセプトに合った酒質を造り分けています。」

川口 俊雄氏

ヒンヤリとした蔵の中を案内してくれるのは、生産本部の責任者である川口 俊雄 常務取締役です。
川口 常務は、昭和20年(1945)京都市の出身。京都府立大学農学部で発酵生理学を専攻し、昭和43年(1968)福光屋に入社しました。
まずは、先代・福光 博 社長が立ち上げた「伏見蔵」に入り、昭和60年(1985)からは金沢本社に勤務。米の統制時代のアル添酒から吟醸酒、今日の純米酒までを知り尽くしたプロフェッショナルで、福光 松太郎 現社長と苦楽をともにしてきた生え抜きの人物です。

福光屋の純米蔵宣言は、平成13年(2001)9月。すでに昭和61年(1986)には本醸造以上のクラスのみを造ることに成功していましたが、純米オンリーに徹すると決めてからは、コスト面だけでなく、製造技術や工程の見直しでも並々ならぬ苦心があったにちがいありません。
「純米造りに徹底するためには、2つのハードルがあります。まずは、コスト管理です。現状の酒税法の下では、アルコールを添加することはコストを下げる手段なのです。

大きな負担となるのは、言わずもがな原料コスト。アルコール添加しない分、当然、米の使用量は増えます。そして、純米造りの品質を上げるための工程変更や設備投資も起こってきます。人材の教育コストも必要ですね。もう1つは、技術面の課題です。つまり、従来の酒造の、国の指導は、アルコール添加の酒造りを前提としていました。まだまだ発酵可能な甘いもろみにを、辛いアルコールを添加するわけです。以前の純米酒はクドい味でした。純米酒オンリーの造りにするなら、“米を余り溶かさない”、“火入れの方法を変える”、“酸を上手に利用する”という方法で、飲み飽きしない酒にすることです」
川口 常務はアルコール添加を止めたことで、むしろ酵母特性が面白いように現われてくると言います。
「思い出しますに、先代の社長もアルコール添加が全盛期の頃、『やっぱり、アル添酒は美味しくないな。純米の酒を、ちゃんと覚えろよ』といつもおっしゃってました。ですから、その頃から当社は、かなり添加量を減らしていました」
なるほど、川口 常務の純米造りへの自信の源は、その薫陶にもあるようです。

経験と勘を生かした季節職人たち

「純米蔵にすると、アルコール添加していた頃よりも1日の酒の出来高は低くなるんです。当社の販売数量は、約1万6千石を維持しています。しかし、これが純米酒オンリーになったわけですから、同じ量を造ろうとすれば、製造期間を長くしなければいけません。つまり、秋口や春先は外気温が変わりますから、発酵状態や温度管理に細心の注意が必要になってきます。そこで、旧来の酒造りをあれこれ改良しなければなりませんし、製造者の技術も修正が必要でした。それで、徐々に社員蔵人に切り替えました」
川口 常務が入社してから昭和60年頃まで、福光屋の蔵では、福井県からやって来る「越前・糠杜氏」や石川県の「能登杜氏」たちが寝食をともにしていました。
しかし、旧来の酒造りからの転換と長期に及ぶ日程が課題になってきた時、季節蔵人から通年雇用の社員制にシフト。固定観念のない若手社員たちには、純米主義とマルチブランド政策がスムーズに理解できたようです。

社員蔵人たちによるマルチブランド酒

「ひたすら酒を造ることだけに集中していたのが、私の若い頃の現場でした。杜氏も蔵人も、自分たちの腕と経験を信じた酒造りに徹していれば良かった。しかし、当社の今は、何故に、この商品を造るのか。どうして、この酒が必要とされているのかを、造り手も理解していることが基本です。マルチブランドの酒造りになると毎日仕込む酒がまったく異なるので、最初はとまどってしまいます。ですから、製造担当者であっても、営業と同じような柔らか頭でいないと、自分の造っている酒のブランドさえも覚えられません。その点、若い新人は早いですね。
純米酒はアルコールで調整することがないので、酒の良し悪しの声がダイレクトに返ってくる。それも製造者にとっては醍醐味であり、若手には勉強になるでしょうと、川口常務は締め括ってくれました。

澤田 茂氏

さて、インタビューは現場スタッフのリーダーである、澤田 茂 杜氏にバトンタッチ。澤田 杜氏は、近年まで福光屋を支えてきた名誉杜氏・大浦 満 氏の下で学んできた、社員杜氏です。
地元・石川県能美市の出身で、昭和28年(1953)の生まれ。そのプロフィールを知って、異色の経歴にいささか驚かされました。
「大学時代は機械工学を学んで、電子機器関連の大手企業に入社し、テレビやパソコンなどの生産管理をしていました。その後、食品会社勤務を経て、平成2年(1990)に福光屋へ入社しました」
澤田 杜氏のキャラクターは日本酒造りとは無縁のように思えますが、やはり採用のきっかけは福光 社長が推進していた「マルチブランド政策」にあるそうです。

大浦 満 名誉杜氏

「管理者・技術者としてのスキルはあったのですが、何か物足りなさをずっと感じてまして、自分を生かせそうな仕事をあれこれと経験してみました。まあ、自分探しですね(笑) そうしている時、福光屋の雑誌記事を見たのです。川口常務が『経験や勘に頼っていた酒造りにも、これからは業務管理や作業の標準化など新しい取り組みが必要』と述べてあって、人材を募集していました。“これだ!”と共感して、面接し、即入社となりました」
当初は得意な生産管理業務と、手先の器用さから機械整備の雑用までこなしていましたが、ある日、川口 常務から「今日からは、酒造りをしなさい」といきなり命じられました。
機械相手とちがって1+1=2とはいかない酒造りの難しさに戸惑いましたが、いつしかその魅力に取り憑かれ、今日に至っているそうです。

福光 社長の言葉によれば、福光屋は“サラうま”の酒を目指しているそうです。
くどさがなく、飲みやすくて、料理と一緒に楽しめる酒。だから、ブランド酒ごとに料理との相性も、きちんとしたコンセプトを打ち出しています。
となると、ある程度のキレやのど越しの良さも求められるはず。筆者がそう訊ねると、そこが、アルコールを添加しない純米仕込みにとって乗り越えなければならない最初の課題と澤田 杜氏は答えます。

「スッキリした味わいにさせたいからと麹を突き破精に造り過ぎてはいけない。究極の破精込み具合は吟醸造りには良いのですが、純米には向きません。ほどほどに抑えて、さらりとしながらも旨味を出せる麹ですね。酵母も、研究開発部門がいろいろなオリジナルの品種を造っていますから、どれに対しても適応できるような、余裕のある破精具合が肝心です。それを見極めるのは、かなり難しいですよ」
福光屋が使う酵母は自社培養した品種がほとんどで、何と300種以上も保存しているそうです。

では、純米蔵の根本である“米”について、澤田 杜氏に教えて頂きましょう。
「金沢の地元米と言えば、五百万石ですが、当社は山田錦の使用率が非常に高いです。先代社長の頃から、兵庫県多可郡の坂本地区の山田錦を契約栽培して買い入れています。いわゆる、村米制度の特上米ですね」
坂本地区は、吉川(よかわ)地区、滝野社(たきのやしろ)地区と同様、山田錦の名産地として知られています。高精白の大吟醸に使用されることが多く、麹造りに適している最高級品であることは言うまでもありません。
しかし、そんな山田錦を使っても、大吟醸ばかりを仕込むわけではなく、福光屋のマルチブランドごとに酒造りのセオリーがあって、毎回、緊張の連続と澤田 杜氏は本音を語ります。

坂本地区の山田錦

「とにかく1日の中で同じ系統の酒とか似たような酒質が少ないので、初めて当社の酒造りを知った専門家や職人の方たちは、面食らってしまうでしょうね。ですから、過去のデータベースや数値の分析が重要になってきます。そこで当社では、まず試験的に、求める酒を造っています。モジュールタイプを造り、緻密にチェックし、改良を加えて本格的に造るわけです」
福光屋では、毎年のように新たなブランドが出現していますから、さぞかし入念なテストを繰り返していることでしょう。
日本酒を応用した味醂まで、澤田 杜氏以下15名で取り組んでいるそうです。

恵みの百年水

最後に、“サラうま”を醸し出す、福光屋の「百年水」です。寿蔵の正面に祀られているこの水は、白山に染み込んだ雪解け水が百年の歳月を経て、福光屋の地下150mから滾々と湧き出ています。
「やや硬水で、年間温度は変わらず16℃前後です。無味無臭に近いですけど、微かに味があって、近くの寿司屋さんがシャリ炊きに使ったり、人気の蕎麦屋さんが麺打ちやダシに使っています」
筆者も目にしたのですが、水口の前でポリタンクやペットボトルを手にした市民の数に驚きました。早朝から夜遅くまで途切れずにやって来るそうで、澤田 杜氏が蔵に泊まり込んでいた頃は顔馴染みの人もいて、福正宗の酒談義になることがしばしばあったそうです。

白山からの雪解け水

口に含んでみると、スッと消えていくような清冽な味……ここからバラエティー豊かな福光屋のブランド酒が生まれていることを、摩訶不思議に感じました。
その妙味には、福光屋生産本部の高い技術と純米蔵としての誇りも生きているようです。

※インタビューは2007年取材当時のものです