Vol.11 ともしび

マチコの赤ちょうちん 第一一話

「大阪の法善寺横丁、焼けちゃったんだって!津田のオヤジさんの店は大丈夫なの?」
ここ数日の冷え込みに早々とセーターを着込んだ澤井が、上気した面持ちで入って来た。
すでにマチコは、その話題で持ちきりだった。
九月九日の未明、閉館したままだった大阪ミナミの演芸場・中座から出火。原因はガス工事の不手際だった。
炎はまたたくまに芝居場をなめつくし、裏通りに軒を連ねる「法善寺横丁」までも炙った。
幸いにして水掛不動や法善寺は難をのがれたが、昭和の復興とともになにわの人情をあたためてきた名物横丁の半分が、灰と瓦礫に変わり果てていた。
津田はその界隈で、「友しび」と言う名の小さなスタンド割烹を営んでいた。手づくりの肴とこだわりの地酒で、つうには人気の店だったらしい。
「最近は昔のお馴染みさんが、また戻って来てくれてな。定年になっても、たまにはミナミへ顔出さなあかんっちゅうて、懐も寂しいのに、わざわざ来てくれはんのや。不景気でも、やっぱりなにわの町におったら、ええことがあるんやで」
以前、津田からそんな話しを聞かされ、真知子は心を和ませた。
火事から六日目の今日、電話もつながらない津田へ真知子は手紙を書こうとしたが、その矢先、マチコに段ボール箱が届いた。津田からの荷物だった。
箱の中には、伊万里の小鉢や清水焼の平皿、そして、津田が自慢していた古備前のぐい呑み揃えなどが、丁寧に詰められていた。
添えられた手紙には「店はなくなってしもたけど、命に別状はありまへん。ご心配なく。もういっぺん一から出直しや。人間は挫折がぎょうさんあるほうが、幸せも増えまんねん。この器は、しばらくマチコの皆さんで使うて下さい。ほな、そのうちに」とあった。
いつもながらの気骨と優しさが感じられ、焼け跡で器の煤をひとつずつ拭き取る津田の姿が、真知子のまぶたに浮かんでいた。

 この夜、津田を知るマチコの常連は、一人また一人と伝言ゲームのように彼の無事を聞かされ、安堵の表情を見せていた。
津田の器で出される肴や酒のせいか、客たちはいつもより上機嫌だった。そこにあるものは、法善寺横丁で温めてきた彼の心のともしびのように思えるのだった。
真知子は常連たちを見つめながら、心に決めた。
津田の新しい店に灯りがともる日、この器に、マチコの温かいともしびを映して、返してあげようと。