Vol.10 コスモス

マチコの赤ちょうちん 第一〇話

 秋刀魚を下ごしらえする真知子の前に、一通の絵はがきが置かれていた。
窓からこぼれる初秋の夕陽が、その絵柄をやわらかく包んでいる。はがきは、宮崎の実家の父親からのものだった。
「もうすぐお彼岸か・・・・・・早いものね」
食器棚の隅にある小さな写真立てを見つめ、真知子は微かな笑みをこぼした。和服姿の写真の女性は、どことなしか真知子と似ている。
急逝した母の三回忌が、真近に迫っていた。
東京に暮らしてからは帰省が遠のき、よくて一年に一度、時には三年帰らぬこともあった。田舎を出た経験のない母は、一人娘が東京に住まうことを最期まで拒んだ。
「東京は恐えーとこっちゃね。早う、こっちば帰ってこんね」
月に一度の電話では、そればかりを繰り返す母だった。
 幼い頃、真知子は実家近くの「生駒高原」へよく連れ出された。
秋には一面にコスモスの絨毯が広がり、真知子が摘み帰った花を、父は盃に浮かべ「うまかよぉ。秋の桜酒は」と酔いしれた。上京後は、宿酔するほどの飲酒が続き、帰らぬ真知子への不満を母にぶつけていた。
帰省するたびに、糟糠を尽くしてきた母は「あんたが帰ったけん、父さんは甘えとるとよ」と笑うだけだった。
それでも葬儀の時には、母の死すら父の酒癖のせいと決めつけ、怒りが込み上げた。
そんな父が初七日の後、あれほど好んだ酒を口にしなくなった。
真知子にすれば胸をなでおろしたい気持ちだったが、元来繊細な性質の父だけに、むしろ母を失った憔悴が真知子には気がかりだった。

 それからは、父の寝起きすら気になり、思い立てば受話器を上げた。マチコを営み、男客たちの酒ごころを知るうち、いつしか父への憎しみは薄れていた。
うらはらに、父親の心配がどれほどのものだったかを知った。
「父さん・・・・・・帰ったら一緒に、少しだけ飲もうね」
真知子の掌で、コスモスの花畑が鮮やかに映えていた。