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黒澤酒造株式会社 ~歴史背景

八千穂駅近くに甍を連ねる黒澤酒造株式会社の門をくぐると、旧邸の棟をそのまま生かした「酒の資料館」が訪問者を迎えてくれます。
ここには黒澤家ゆかりの逸品が整然と陳列され、日本酒ファンを魅了しています。

「秩父地方などもそうですが、信州では昔から養蚕が盛んで、黒澤酒造初代の利佐衛門も明治期には横浜の相場へ絹を持ち込んでいました。先祖代々この界隈の庄屋でしたが、農地解放後の新たな時代へ向けて、企業化の思惑があったのでしょう」
展示されている古い糸車や、マルトの屋号を残す養蚕用具を前にして、五代目社主・黒澤一雄氏はそう語ります。
黒澤家は、始祖をかの木曾義仲にたどると伝えられ、江戸時代には南佐久の名主として年貢を取りまとめていました。いわば余剰米を使った酒造りも、十分可能だったわけです。

安政5年(1858)、利佐衛門は地元供給用の酒造りを始めます。当時の郡代(代官)から拝受した酒株証文(酒造りの許可証)は今も大切に保管されており、ここから黒澤酒造株式会社の商いが開帳されました。当初の石高は800石程度。合わせて味噌醤油醸造業も始まります。

明治に入ると、黒澤家はこれまでの生業を拡大し、銀行、呉服、酒、味噌醤油、薬を扱う総合的な商売を展開します。「屋号・マルト」の誕生でした。

このマルトは、マル=太陽、ト=昇る、つまり旭日昇天で、事業の繁栄を意図します。マルト組、マルト呉服店、マルト洋品店、マルト醤油店などが次々に生まれ、実は株式上場している八十二銀行の母体も黒澤銀行でした。マルトの根幹をなす黒澤銀行はやがて十九銀行へと成長、そこへ長野の六十三銀行が合併し、現在の八十二銀行になったのです。

これらの商いを、利佐衛門は5人の息子たちに分割します。
長男・鷹次郎には銀行、次男の羽三郎には呉服、三男の嘉四蔵が酒造業、四男・陸之助は味噌醤油醸造業、そして五男の弥八郎は薬種卸を扱いました。この三男・嘉四蔵が、黒澤一雄会長の曽祖父にあたります。

老いては地元の白眉として讃えられた初代・利佐衛門。その理想は、黒澤コンツェルンを築くことにあったのです。

さて、黒澤酒造の裏手には小高い丘が迫っています。当初の仕込み水はここから導いたそうで、水質は軟水系とのこと。
丘の斜面には深さ20mほどの横井戸が、数本残されています。この横井戸にしたたる地下水で造られたのが、黒澤酒造の初代銘柄「マルト正宗」でした。横井戸の傍では代々祀られてきた水神様が、今も水口を護っています。

初代の杜氏は地元出身の油井金作。金作は向学心がつとに旺盛で、明治36年(1903)には、三代目当主の恒太郎(現会長の祖父)とともに大阪で催された第5回内国勧業博覧会を見学し、灘の酒蔵数社の門も叩いたと記録に残されています。
彼は黒澤酒造を退職して後も南佐久郡臼田町で味噌醤油業を興し、その身代は今も子孫に存続されています。

大正時代に入ると流通網の拡大とスピード化によって、マルトの酒の需要量はさらに増大します。この結果、横井戸の水量が乏しくなり、大正15年(1926)約7mの浅い井戸を掘り、横井戸と併用しました。
良質の井戸を掘り当てたことから、三代目・恒太郎は長年の商標「マルト正宗」を「井筒正宗」に改銘します。
さらに太平洋戦争後は最新鋭の洗瓶器を導入するなど、水の使用量が急増し、昭和38年(1963)深さ50mの井戸を新たに掘削します。この井戸の延長と守り手の長(オサ)の意味を込めて、商標は「井筒長」へ生まれ変わり、現在に至っています。

平成7年には30年ぶりにこの井戸のポンプを付け替え、水質調査も行いましたが、量も水質も変わることなく豊富に湧き出ているそうです。
おりしも天然水ブームが押し寄せ、この水を「八千穂の湧水」としてボトリング販売。夏場のシェアーを支える第二の黒澤ブランドとなっています。

昭和40年代の最盛期には、5,000石を超えた年もありましたが、平成14年現在の石高は約3,000石。今後の安定した成長も踏まえ、新たな商品展開が始まっています。特定名称酒「雪国」、米国輸出用の「くろさわ」、最近復活した「カストリ焼酎」も好評です。
黒澤コンツェルンの内、呉服商と薬種卸業は、時代の趨勢とともに廃業を余儀なくされましたが、初代・利佐衛門の抱いた夢は、命脈として「八十二銀行」や「井筒長」に相伝されているのです。