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六花酒造株式会社~蔵主紹介

「40歳の時に県外営業の統括責任者に抜擢されまして、東京まで8時間かけてダットサンの1300cc車で走りました。そこから横浜、名古屋、大阪、広島、博多、果ては鹿児島まで、3週間ぐらいかけて飛び込み営業をしましたよ。お会いした皆様は『うへー!青森から自動車で来たの?』と目を白黒させていました。結構、インパクトがあったと思います。でも、実は驚いたのは私の方でして、関西より南へ行くと『弘前って、新潟県だろ?』とか、『あー、知ってるよ。北海道やな』なんて言われたりで、どなたも青森県ってことをご存知ないのですよ。本当に、面喰らいましたね(笑)」

そう言って六花酒造株式会社の代表取締役・北村 裕志(きたむら ひろし)社長は、血色の良い相貌をほころばせます。胸が温まるような溌剌とした津軽訛りにも、営業一筋に生きる人となりが滲み出ています。
平成10年(1998)代表取締役社長に就任した北村氏は、今年56歳。お隣の青森市出身です。

父親が酒の卸問屋の役員をしていたことから、北村氏は将来、酒販店経営を夢みて、縁あって六花酒造の母体だった高嶋屋酒造に入社。業界のことを一から修行することになりました。
「入社した昭和41年当時は丁稚小僧のような立場で、休みは月に1日だけ。経理見習いでしたが、むろん住み込みです。酒造りの蔵人たちと同居したのですが、彼らは南部地方からの季節職人で、上下関係やしきたりに厳格なのですよ」
高校を卒業したばかりの北村氏など、熟練の蔵人集団からすれば洟垂れ小僧。三度の食事も、冷たい板間の末席で正座してのお相伴だったそうです。

そんな毎日でしたが、当時の清酒市場は盛況の真っ只中。大店の高嶋屋酒造の帳場を与った北村青年は、出入り業者に支払う数百万円の現金をさばきながら、着実に酒蔵の商いを身に付けていきました。
そして昭和47年(1972)、蔵元の信頼と実績を得ていた北村氏は酒販店経営の道を諦め、六花酒造へ入社。トップに至るまでの26年間が、スタートしたわけです。

さて、それでは生粋の津軽男児であり、じょっぱり一筋に邁進してきた北村社長に、六花酒造のポリシー、理念を訊ねてみましょう。
「ここ数年、あらゆる産業はIT化、ハイテク化など急進的に発達し、我々日本酒メーカーも技術革新に左顧右眄しています。しかし私は、酒造業は本質的にこれらと道を異にする“伝統産業”であらねばと思います。我々の企業価値には、単なるマネービジネスでの勝ち負けではない、文化を護り、伝えるという形而上の責務があると思います。弘前のような東北古来の歴史を紡いできた町には、それを語ることのできる地酒があり、そんな酒を造る酒蔵がなければなりません。つまりは、津軽というアイデンティティにしっかりと立脚した酒造り。それを改めて見つめ直し、今、新しい六花酒造の誕生に向かって動き出しています」
この言葉の奥にある具体的な計画を現段階では明らかにできませんが、北村社長が推進しているのは11,000坪の社屋から、津軽の自然や水があふれる環境への移転です。
いわば大量消費時代の申し子のような50,000石規模の大工場から、現在の6,000石製造レベルにふさわしい機能と地域の伝統・価値を備えた蔵元としての再生。その一縷な道に、六花酒造の今後の存在価値があると言うのです。
低迷する日本酒市場の中で、この理念は六花酒造だけでなく、全国の中堅蔵元にも共通すると北村社長は熱く答えてくれました。

「すべてが津軽に始まり、津軽に尽きる酒造り」にこだわる北村社長。その理想は、すでに具体化しているようです。
例えば、地元好適米の華吹雪(はなふぶき)を使用した“じょっぱり純米吟醸”は大好評。今後の新商品も山田錦など高級米へ執着するのではなく、華吹雪や陸奥誉(むつほまれ)などを吟味し、青森酒の個性とうま味をアピールしたいとのこと。また、仕込み水を世界遺産“白神山地”の清冽な伏流水に変えることも、魅力の一つでしょう。

さらに特筆すべきは、手作業・手貼りによるオリジナルなラベルやパッケージです。
味わいや酒質に津軽らしさを追求すれば、必然的にイメージ作りも重要になる。そのための手間ひま・コストを惜しんではならないと北村社長は指摘します。
これらの意図するところは、近年のスローライフ・スローフードといったブームからみちのくの自然や風土・環境に注目が集まり、観光的な魅力とともに地酒への関心を相乗効果させることなのです。
「青森県は、グルメや物産、観光面でいつも秋田県や岩手県に水を開けられてきました。特に関西の方たちは、空路で飛び越して北海道へ行ってしまいますから、記憶に薄い土地柄なのです。しかし、だからこそ、手つかずの良さが残されていることをアピールできます。そこを今後のじょっぱりブランドにプラスαしながら、商品開発や戦略をじっくりと構築していきます」
ぐっと握り締めた北村社長の拳には、並々ならぬ決意が漲っているようです。

常に前へ前へと六花酒造を革新してきた北村社長は、現状の日本酒業界の動向についても、じょっぱり同様に辛口です。
「ワインも焼酎もそろそろブームが安定し、日本酒のチャンス到来を予感しています。しかし、ここで業界のリーダーたちが真摯な気持ちで手を結ばなければ、また元の木阿弥ですね。

現在の日本酒業界全体の消費量は、普通酒以下が75%、特定名称酒は25%に過ぎません。おかしいのは、本物志向、美味しさの追求と謳われながらも、このポジショニングが微動だにしないわけです。大手ブランドやスター的な銘柄だけが突出し、65%を占める中小メーカーは危殆に瀕しています。その要因に、業界内の曖昧模糊とした仕組みが見え隠れしているわけです。次のチャンスが、まんべんなく全メーカーに意識付けされることから、真の業界レベルアップが見込めるのではないでしょうか。私たちのような中小メーカーがこれ以上疲弊すれば、将来的には業界自体の存亡に関わると思いますね」
しっかりと生き残れるのは、巨大メーカーか、あるいはニッチ戦略に特化した小さな酒蔵であろう。しかし、六花酒造のように、製造面・販売面で多様性を抱えてきた中堅企業が存続できなければ、本物の日本酒だけでなく、日本人らしさまでも業界から消えてしまうと北村社長は苦言を呈します。

このような六花酒造の将来構想の中で、今後の日本酒ユーザーを北村社長はどのように捉えているのでしょう。
「日本酒に適した中高年になっても飲まない、選ばない方々のほとんどは、若い頃にマズイ酒を飲まされ、美味しいと思っていない方々が大半です。弘前の居酒屋でも、最近は焼酎が大きな顔をして並び、選択肢は飽和状態。百貨店、スーパーも同じで、日本酒は食品の一部になっています。ですから、今後の当社のメインターゲットは、そんな方々から、むしろ日本酒をまったく知らない、飲んだことがない人たちにシフトされます。しかし、いきなりドッシリやキリリという本格派商品は難しいですね。つまり、しっかり日本酒然とした品質ながら、津軽の顔を持つ新しいテイストが必要なのです」

北村社長を中心に2年前に商品化した“リンゴの絵日記”は、その一つ。地元の酒米と弘前特産のリンゴ果汁を仕込み水の代わりに使った、ユニークなリキュール酒です。
リンゴ果汁と米麹との不思議なマッチングが、若者の嗜好を引き寄せました。
目下のところ、白神山地産の果実を使った新製品も開発中とのことで、その完成が待たれます。

締め括りに、どうしてもインタビューしておきたかったのが、商品ラインナップの“相田 みつをシリーズ”の誕生についてです。

相田 みつを 氏は、幅広い年代にファンを持つ現代詩人ですが、商品化のきっかけを訊き出してみると、そこにも北村社長の人間味が現れていました。
「私が営業第一線で東京を駆けめぐっていた頃、新宿駅ガード下の居酒屋で親しくなった大手出版社の傑物がいましてね。彼が仕掛け人でした。ビジネス関係ではなく、小ぢんまりとした赤提灯の店で毎夜酌み交わすだけの間柄、いわば“刎頚の友”ですね。その彼が、私の社長就任を大いに喜び、酒宴の席で『よし!いっちょお前を、男にしてやろうじゃないか!』と度肝を抜くような話しをしたのです」
この時、相田 みつを 氏は北村社長にとって雲の上の存在。酔った席での絵に描いた餅のような提案を、話半分と受け取っていました。

ところがその後、友人の采配により相田氏とのタイアップは着々と進行し、2年後のある日、急遽交渉がまとまり、至急上京されたしとの一報が入ったのです。 その日の興奮を、北村社長は屈託のない津軽弁で表現します。
「いやぁ、驚きました!こんな凄いビジョンが、あの新宿のちっぽけな居酒屋での縁から始まったかと思うと、つくづく人間関係の大切さ、素晴らしさを痛感せざるを得ないのです」

誰に対しても臆することなく感動を顕わにし、耐え忍ぶべき局面は持ち前のじょっぱり魂で乗り越えてきたと語る北村社長。その男意気が、途轍もない果報へと結びついたのでしょう。 さて、次なる津軽酒の魅力や、いかに!
世界遺産“白神山地”とともに、銘酒“じょっぱり”が津軽のランドマークとなる日を期待しようではありませんか。