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宗政酒造株式会社 ~プロローグ

有田町は佐賀県西部に位置し、美しい景観を誇る田園地帯や黒髪連山など変化に富む豊かな自然に恵まれた地です。

街の北西に連なる黒髪連山は21世紀に残したい日本の自然100選にも選ばれた自然の宝庫。
古来は霊場としても有名で、かの弘法大師も入唐留学の達成を「黒髪山大権現」に祈願されたといいます。
黒髪山の頂上に露出している天童岩をはじめとしたダイナミックな景観は、霊山らしい荘厳な風景です。

また、有田ダムは、詩人・山本太郎が「秘色の湖(ひそくのうみ)」と呼んだ、湖面の美しいダム。周囲の遊歩道を辿ると四季折々の自然を満喫できる景観スポットとして春夏秋冬季節を問わず、多くの人で賑わいます。

佐賀県が日本史の中で大きく登場するのは、なんといっても幕末の佐賀藩(肥前藩)。幕末の雄藩『薩長土肥』と称され明治維新を推進し、大隈重信や副島種臣、江藤新平などを輩出しました。

1830年、鍋島直正は父の隠居に伴い、17歳で10代藩主に襲封されました。 当時の佐賀藩はフェートン号事件以来の長崎警備の負担や、台風の被害などもあり財政が破綻状況にありました。 直正は役人を1/5に削減するなど歳出を減らし、陶器や茶、石炭などの産業育成や交易に力を注ぐなど藩財政改革を断行し、財政を立て直すことに成功しました。

また、直正は人材育成にも熱心で藩校弘道館を拡充し優秀な人材を育成し登用するなどの教育改革を行い、人削減とともに藩政機構を改革し、出自に関わらず有能な家臣たちを積極的に政務の中枢へと登用していきました。

そして、直正は藩政機構を立て直す一方で、海外の技術の重要性も痛感。『精錬方』と呼ばれる科学技術の研究機関を創設します。1850年には日本初の反射炉を建設し、洋式砲の鋳造を開始するなど、最も近代化された藩へとのし上げました。

そんな直正も1861年には家督を次男の直大に譲り隠居します。

一貫して当時の日本における産業革命を推進してきた佐賀藩は、日本有数の軍事力と技術力を誇るも、中央政局に対しては静観を続けてきました。 しかし、11代藩主直大が新政府より北陸道の先鋒を命じられてからは一変、佐賀藩兵も東上し、持てる近代軍事力で戊辰戦争で活躍。結果、明治政府に多くの人材が登用されました。

日本が近代化していく中で極めて大きな役割を果たしてきた佐賀藩と鍋島直正。 明治維新から間もなく病没した直正。教え子である江藤新平や副島種臣などが、征韓論争により政府を去ることとなったため、直正の描いた日本を十分に実現するには至らなかったかもしれません。 そんな幕末の名君・直正の目には現代の日本の姿はどのようにうつっているのでしょうか?

さて、有田町といえばなんと言っても『有田焼』。駅には陶器の時計が飾られ、見渡せば窯の煙突が見える景観が楽しめます。
ドイツのマイセン市、中国の景徳鎮市と陶磁器で有名な街と姉妹都市・提携都市を結んでいます。
街には焼き物屋が点在し、郊外へ抜ければ窯が立ち並ぶこの街はまさに陶都と呼ぶにふさわしい雰囲気です。

そもそも有田焼の起源は豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に、半島からつれてこられた李参平が日本に磁器を伝えたのがはじまり。
江戸時代後期に各地で磁器生産が始まるまで、有田は日本で唯一、長期にわたり磁器の生産を行ってきました。

有田焼の陶祖李参平が祀られている陶山神社には、国の史跡である白磁製の大鳥居や陶工によって奉納された磁器製の鳥居や狛犬など焼き物の街ならではの風情。
陶山神社のある内山エリアは、重要伝統的建造物郡保存地区に指定されており、漆喰塗りの町屋や洋風建築の混在した街並みが広がっています。 登り窯を築くために用いた耐熱レンガ(トンバイ)の廃材や陶片を赤土で塗り固めて作った塀「トンバイ塀」のある裏通りも見所です。
内山エリアからメインストリートを黒髪山に向かって登れば、泉山採磁場に。岩肌に広がる磁石は神聖な雰囲気さえも醸し出します。

また、年に一回の有田陶器市は国内最大級の陶器市。明治29年に始まった陶磁器品評会が起源で、陶器市としては大正4年に深川六助を中心とする若者が品評会の協賛事業として「蔵ざらえ」である陶器市を行ったのが始まり。
全国からやきものファンが訪れ、期間中は100万人を超す来場者たちがお目当てのやきものを目指し集まります。

お酒を呑む際にこだわりたい酒器。見ても美しく、さわって楽しむ・・・そんな酒器を求めイベントにはお酒が好きな方も大勢訪れています。

佐賀の旨口の日本酒が注がれた有田焼の猪口を片手に、日本の未来を語り合う幕末の志士たちの姿に思いを馳せながら、今宵は佐賀の大自然が生み出した銘酒『宗政』に酔いしれてみましょう。