


金野 靖彦 社長は昭和21年(1946)陸前高田町に生まれ育った、ご当地の人物。そう聞いて、酔仙酒造生え抜きの社長と思いきや、実は、若い頃は東京の建設業界で腕を鳴らした営業マンでした。
聞き進むインタビューの中、どことなく異彩を放っている人となりを納得します。
「長男でしたが、若気の至りと申しますか東京への憧れもあったのです(笑)。八年間ほど勤めまして故郷へ帰って参り、昭和51年(1976)酔仙酒造へ入社させて頂きました」
と言うのも、実は金野社長のご実家は、酔仙酒造の原点である気仙酒造を構成した蔵元の一軒。お父上も、かつては社長を務めた人物でした。
大都会の雑踏と人いきれから、のんびりとした陸前に戻った金野氏。しかし、さっそく東京時代の営業力に期待がかかり、県外の新規市場を開拓すべく、首都圏の関東地区から東北の秋田県・青森県の営業も任されました。金野氏が酔仙酒造に入社した頃は、旧来のアル添酒の消費が下降し、特定名称酒や吟醸造りが注目され始めた時代。
「当社は、岩手県にありながら南端の町に営んでいます。交通の整備されていなかった当時は、まさに陸の孤島といった地理条件。ですから、県内一番の市場である盛岡にも取り組めていなかったのです。歴史のお話でも申し上げましたが、漁師さん、つまり海の市場が頼れなくなってきたのが、やはり遠洋漁業の低迷したその時代です。ですから、次なる市場は、山を越えた東北と関東だったわけです」
最も金野社長が活躍した時代は、酔仙酒造のシェアが県外50%:県内50%まで関東方面 を伸ばしました。東京で一度人気を取れば、県内へフィードバックできた時代でしたが、今やそれと対称的に、地元で信頼を得たブランドが都会から注目されるという産直志向になってきたと金野社長は語ります。
近年、酔仙酒造は徐々に岩手県内の販売へシフトしています。
地元への貢献、地域との共生。そんな時代の流れを、昨年トップに就任する前から感じ取っていたと言う金野社長。そのコアには、気仙・陸前の酒として地元に愛されてきた酔仙の味を見つめ直すことがあります。
「当社の酒は、味わいのあるふくよかな酒。つまり旨味が感じられ、“美味しい”という飲みごたえを得ることのできる酒です。例えば、最初はやや重たく感じても、飲み慣れる内に『やっぱり酔仙のあの味が、一番飲み飽きしないで、美味しいなあ』と舌に残して頂けるような味わい。私は、そんな商品がライフサイクルとしては長続きするのではないだろうかと思っています」
南部杜氏の造る酒は、どちらかと言えば味のある酒が主流。つまり、淡麗辛口とは一線を隔する旨口タイプの酒です。
ちなみに、南部杜氏は淡麗辛口の酒を「うすっからい」と表現するそうです。そのタイプの酒は、どことなく苦味や渋味を感じてしまうので、どうしても岩手人は手が伸びなくなってしまうようだと金野社長は指摘します。

さて、金野社長は「これから日本酒復活のキーを握るのは、女性ユーザーでしょう」と提言します。確かに、女性が飲んで「美味しい」と評した酒や料理は、必ず男性の好奇心をくすぐるのが当世の風潮。グルメ情報の発信は、もはや女性主導になっています。
「例えば、フランスやイタリアへ参りますと、テーブルを飾るワインは、ある意味ではファッションであり、空間デザインの一部になり得るわけです。その銘柄、色、スタイル、テーブルの皿やグラスとも調和して、食欲だけでなくコミュニケーション欲までそそるもの。料理と酒を選びつつテーブルをしつらえた主宰者の演出によって、たくさんの人が、リラックスしてご馳走を楽しむわけです。ほとんど、主催者は男性ですよ。これに比べると、日本の男性は下手なんですね。酒と料理を前にすると、『今日は、飲むぞ!』と腹を据え、構えすぎるので、どうしても遊び心が湧かない。つまり、ゆとりのない飲み方・食べ方になります。これは、男性社会だった時代の偏重とも言えます」
ワインを楽しんでいる最近の若いカップルや夫婦は、食事の準備・片付けもお互いで分担する時代ですから、ライフスタイルにふさわしい品質とイメージの日本酒があれば、きっと“SAKEを楽しむディナー”が生まれるのではないかと金野社長は予測しています。
確かに、そんな関係で日本酒を楽しめば、ほどほどの飲酒量になるでしょう。そうすれば“酒呑み”という暗いイメージは払拭できますし、健康的でヘルシーだという認識も根付いてくるのではないでしょうか。
ただし、これからは食と酒の相性について、さらに明解にしていく努力も必要だと金野社長は洞察します。
「日本酒は、確かに料理との相性に幅があります。でも、じゃあチーズと一番美味しく楽しめるのは、どんな品質なのか?ここに関しては、まだ曖昧です。これからの生活者はもっと情報と嗜好に満たされた暮らしになるはずですから、そんな情報を求める、あるいは自分たちで探そうとします。これに正しく応えられることも、日本酒のテーマですね」

それでは締めくくりに、今後の酔仙の市場となるであろう海外マーケットについて訊ねてみましょう。
「海外への取り組みは、スタートしたばかりです。アメリカ市場はすでに後発ということもあって、これは新しい流通チャネルと出逢えば、踏み出せると思います。現在、中華人民共和国の大連を軸にして、輸出を始めています。岩手県と宮城県が共同して、四年前に現地でオフィスを開いたのです。以来、商談会を繰り返し開催していまして、少しずつですが、酔仙が広がっています。他には東南アジア、台湾、ロシアなども視野に入れながら動き始めています」
ふくらみのある、まろやかな酔仙の味わいは、“rice wine”と称される日本酒の典型とも言えるでしょう。世界各地のワイングラスやシャンパングラスで飲まれるその一杯に、これからの日本酒の価値を、金野社長は見出そうとしているようです。