

昭和24年(1949)、陸前高田市に生まれた村上 賢一 杜氏は、この道一筋43年のベテラン。地元の高校を卒業と同時に酒造りの世界に入り、南部杜氏への道をひたむきに歩んできました。そして平成8年(1996)、酔仙酒造の杜氏の仲間入りを果たしています。
六十歳とは思えない血色と若々しい肌の張り。もしかして相当な酒豪では?と訊ねてみると、はやり「毎晩、三合は飲んでしまいますね」と破顔一笑。
まさに“酔仙”を地でいくが如く「日本酒は造るだけでなく、飲むことも好きでたまらないんですよ」と表明してくれました。
そんな村上杜氏の惚れ込む酒とは、ズバリ!どのような味わいなのでしょう?
「当社のモットーでもありますが、“美酒伝承”という言葉を私は一番好きです。つまり、キレイな酒であること。ノドごしの美味しい酒と申しますか。口に入れた瞬間、立ち昇る上品な香り。その余韻の中に広がる、まろやかな旨味ですね」
それを実証するのが、岩手県産酒造好適米「吟ぎんが」をふんだんに使った純米吟醸だろうと村上杜氏は言います。
確かに、封を切ったばかりのその一杯に、思わず溜め息をついて魅了されるのは、筆者だけではないでしょう。
村上杜氏がこだわるのは、やはり麹造り。そして、肝心なのは蒸し米までの原料処理だと指摘します。
「この時点でつまづいてしまうと、まず取り返しがつきません。スタートダッシュを間違いなく確実にできることが、私の求める酒の第一条件です。それさえこなせば、後はさほど怖れることはないと思いますよ。ですから、どんな道でもそうですが「基本に忠実!」を忘れてはいけません。それに、酒造りの最初から最後までキリキリ緊張しっぱなしじゃ、体も心を続かないでしょう。出来上がる酒にも、そんな気持ちは乗り移りますからね(笑)」
そのためには、米の出来栄えや状態を目利きできることですが、これは至難の業だと答えます。吟ぎんがの場合、洗米中に割れやすく、蒸米もやや柔らかめに仕上がるので、手触りのいい弾力のある蒸し具合にするために、浸漬時間を短くするといったテクニックが必要になるそうです。
そして、酒母にした際、酵母適正を的確に判断できること。ちなみに、村上杜氏は自社酵母の培養も手がけていて、技術者としてもスキルの高い杜氏なのです。
ちなみに蒸し米に大切な仕込み水は、清冽な気仙川の伏流水(中硬水)をふんだんに使用しています。
「水で困ることは、ないですね。陸前高田は、本当に水脈の豊かな場所ですからね」
その村上杜氏の言葉通り、社内に井戸が数ヶ所あるのも酔仙酒造の特徴です。
村上杜氏とともに酒造りをこなすのは、七人の蔵人たち。そこには、女性たちが活躍しています。
「私が入った頃は、二十人以上の蔵人が働いていたのですが、年々減ってきましてね。だからって、女性にお願いしているわけではないですよ。何より、仕事のけじめや職場環境が良くなります。麹の温度管理も、繊細に感じ取ってくれます。私なんかより、彼女たちの方が、ずっと丁寧で正確な仕事を心がけていますよ(笑)」
地元の主婦を中心としたスタッフたちですが、村上杜氏の教えた仕事を正しく理解し、遂行することで、間違いなく求めた酒が出来上がるそうです。

男性の場合、緻密な作業の手を省いてしまうことを「改善」と思い込んでいる場合が多く、下手をすると、それは「改悪」や「失敗」につながると村上杜氏は苦笑します。
「それも、やはり基本・ルールにつながることですね。永年、酔仙の味わいを継承してきた南部杜氏の先輩たちがやってこられたことを、必ず守っていく。これは、私の使命ですから」
女性は素直だから、指示・アドバイスも呑み込みが早い。それさえ守ってもらえれば、自分は現場を観察しながら設備メンテナンスをやっていることが多いですよと、村上杜氏は笑います。
いよいよ寒さも本番、陸前高田に冷たい山勢が吹きすさぶシーズンになると、村上杜氏たちの吟醸造りも本番を迎えます。
「でもね、私は山田錦とは、どうも相性が良くないみたいで(笑)。やはり、南部産の米がピッタリくるんですよ。酔仙だけで、ずっと造ってきたからでしょうかね」
そう言ってほほ笑む、村上杜氏。でも、その腕前こそ、まさに地産地消の酒の匠たる証ではないでしょうか。
いよいよ大吟醸の季節、吟ぎんがで仕込んだ美酒を、心待ちにすることとしましょう。