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酔仙酒造株式会社~歴史背景

酒蔵と言うよりも、大正モダンを漂わせるサロンのような酔仙酒造の社屋。レトロな事務所、備品・用度品倉庫、そして旧守衛所の建物は、国の「登録有形文化財」にも指定されています。そのコロニアル調の様式を紐解いてみると、山と海に挟まれる陸前のかつての暮らしが浮き彫りになってきます。
「当社の古い建物は、昭和の初期に岩手県是製糸会社の高田工場として建てられた物でして、昭和37年(1962)に酔仙酒造が買収取得しました。年月の経過とともに、修復の手を加えながら維持しており、6割ほどが当時のままの姿で残っています」

そう言って、閑静な敷地内を案内してくれたのが、酔仙酒造株式会社の金野 靖彦 代表取締役社長です。
深い森に覆われていた陸前地方では、養蚕業から発展した製糸産業が明治以後の近代化の中で、地場を支える一大産業となっていました。その工場棟だった酔仙酒造の蔵棟には、使い込んだ木肌の風合いが感じられ、かつての女工たちの温もりがこもっているような気がします。
そんなレトロかつ瀟洒な蔵を散策しつつ、酔仙酒造の歴史ロマンを紐解くことにしましょう。

気仙地方と呼ばれた陸前から大船渡にかけては、昭和の戦前まで八つの蔵元がありました。これが企業整備令によって昭和19年(1944)一つにまとめられ、「気仙酒造」として誕生し、現在の酔仙酒造株式会社の出発点となりました。最も古い蔵元では、今にして二百年の歴史を刻んでいます。
もちろん、酒造りは南部流。いわゆる岩手県稗貫郡の南部杜氏による酒造りであることは、言うまでもないでしょう。
基礎となった八つの蔵元の内、千石酒屋が一軒、その他は家内工業としての酒屋。どこも三百石程度の製造量でした。それらの酒が、遠洋漁業の大船団に消費された時代があったようです。

マグロやカツオ漁で賑わった大正時代から昭和初期の気仙郡には、全国各地から一攫千金を狙う漁師たちが集まっていました。
「板子一枚、下は地獄」の海の男たち。船上での長旅の楽しみは、つかの間の休息と酒でした。したがって、網元の一家が遠洋船団に積み込むための酒造りを行ったケースもあるようです。
さらには、陸に上がってからの夜遊びは酒がつきもの。波止場には居酒屋が林立し、荒くれ男たちをどっぷり酔わせていたことでしょう。
酔仙酒造が醸している美酒の味わいには、そんな懐かしい男のロマンも秘められているのです。

気仙酒造の銘酒「酔仙」の誕生について、こんなエピソードが残されています。
初代社長・磐井 篤平の同級生に、佐藤華岳斎(1884~1949)という酒豪の南宋画家がいました。東京・目黒の雅叙園には、華岳斎の絵だけで飾られる一室があったそうですが、その彼が磐井社長との親交が縁で、酒瓶のラベルを描くことになりました。
昭和22年(1947)のある夜、磐井家に泊まった彼は、夜中の2時ごろ、突然ガバッと身を起こし「これだ、酔仙だ!」と、吠えるように叫んだそうです。
そして20枚近くも筆を執り、やっとのことで気に入りのスイセンの絵を1枚、磐井社長の前に差し出したのでした。そこには「酔うて仙境に入るが如し」と、酒への賛辞が添えられていたそうです。

その名に恥じぬ気仙の酒造りを続けた結果、昭和30年(1955)、31年(1956)と続けて全国清酒鑑評会首席一位と、文字どおり日本一の栄誉に輝きました。
ところが、当時の市場はまだまだアルコールを添加した三増酒造りが主流。気仙酒造も路線を転じ、“少ない米でより多くの酒を”と吟醸造りから遠ざかって行かざるを得ませんでした。
しかし一方では、南部杜氏の鑑評会において連続40数年間にわたり優等賞を受賞するなど、その実力は高く評価されたのです。

昭和50年代後半の地酒ブーム以後、岩手県の銘酒は全国市場に名を知られるようになります。
いわゆる南部杜氏の酒は、香りとまろやかさに、キレが美しく調和した味わいで、地酒市場に欠くことのできない存在。銘酒「酔仙」の人気も、そこにあるようです。
そして香りなど、酒だけを吟味することが流行した“大吟醸ブーム”の薄れた今、陸前の酒も“食事と楽しむ味”が課題となってきました。

もちろん今年も、酔仙は全国新酒鑑評会の金賞を受賞しています。
「まずは食卓を楽しむという意味を、私たち蔵元も柔らかい頭で考えなければいけません。食器やグラスも含めた演出することの楽しみが、酒と料理をいっそう美味しくしてくれます。
いわゆる、もてなしの味わいですね。どうも日本人は、ここが苦手のようですね。そして、陸前の酒の魅力をアピールする前に、陸前の味わいとは何かを考える必要があると思います。それは当社に限らず、全国の蔵元様も同じだと思いますが、やはり地産地消なくしては、地方酒の魅力を味わって頂けないと思います。つまりは、空間と食と酒のコラボレーションを念頭においた、美味しい酒。これが、現代の女性たちにとって大きな好奇心となるはずです。

今後の清酒志向にとって、女性が大切なユーザーになることはまちがいありません。ですから、洋食的なグルメもからませながら、陸前の酒を提供する場作りを考えていきたいと思っています」
大きなテーマに、一歩ずつ着実に取り組もうとしている金野社長。目下の命題は「日本酒で乾杯!」と「和らぎ水」の二つを、コツコツとアピールすることだそうです。
その新たな酔仙の魅力作りについて、次なる蔵主紹介でじっくり拝聴することとしましょう。