TOP > 蔵元紀行 > 中埜酒造 > 蔵主紹介

会員サイト

入会特典

・「いい酒のめーる」の購読
・唎酒会やイベントへのご案内
・検定やサイト機能の利用
・マナベル度の獲得

会員登録

すでに会員の方はこちら

ログイン

蔵元紀行

北海道

東北

関東・甲信越

中部・北陸

近畿

中国

四国

九州

地酒の用語集

あなたの地酒の知識を増やしましょう

  • 地酒用語集

みんなで作る地酒情報

お奨めの地酒や肴・お店をみんなに教えてあげよう!

  • 地酒ぐるめ大百科
地酒蔵元会利酒会 イベントの様子はこちら
地酒川柳募集キャンペーン
地酒川柳優秀作品アーカイブ
地酒蔵元会公式チャンネル
“男前女子”のニュー旅スタイル 飲み旅本。

中埜酒造株式会社 ~蔵主紹介

新たな時代にも、“買う身になって、まごころこめて、よい品を”

全国新酒鑑評会 金賞を連続受賞

日本酒の蔵元にとって栄えある全国新酒鑑評会で、中埜酒造の出品酒は平成25by、26byと2年連続して金賞に輝きました。國盛の芳醇麗酒(ほうじゅんれいしゅ)は、平成時代に入ってからは毎年のごとく受賞。もはや、金賞常連の貫禄です。
並居る金賞蔵元は、その多くが一子相伝的な手造りを矜持しますが、中埜酒造はさにあらず。あくまでITと人的技能をコラボした先進の蔵で、みごとに獲得しているのです。
つまり鑑評会の出品酒だからと、専用の小さな設備で醸すわけではなく、通常使用する大型の設備環境で造り得る社風を旨としています。

「当社に連綿と継承されている哲理とは、“買う身になって、まごころこめて、よい品を”です。ひと握りの造り手が幻の酒を造り、そのブランドを希少化する商品とは真反対です。我々は、どのような種類の酒やグレードであろうと、常に安定した高品質の商品を、お値打ち価格で提供することが本位なのです」
そう語るのが、八代目蔵元の中埜昌美(なかの まさみ)代表取締役社長です。
まずは中埜酒造の企業理念、現在の指針を訊ねてみましょう。
「当社の理念は、その基本に、中埜酢店(ミツカン酢)から受け継いでいる家訓の“三身(さんみ)の精神”と言うものがあります」

 一、 買う身になって、まごころこめて良い品を
 一、 働く身になって、まごころこめて良い経営を
 一、 経営者の身になって、まごころこめて良い能率を

中埜 昌美 代表取締役社長 中埜家の家訓は、三身の精神

中でも、最初の一カ条を中埜酒造は企業理念として掲げているのです」
その答え通り、現在14000石を生産する中埜酒造は、薫り立つ吟醸酒から経済酒的な上撰クラス、そして果実系リキュール、あま酒など幅広い商品群を揃え、買う側にも売る側にもwin & winな商品として好評を得ています。

人気の「彩華 大吟醸」

中埜酒造は多彩な販売チャネルを持ち、地元市場を6割に全国展開していますが、今後課題となるのが消費人口の変化への対応力。つまりは、ヘビーユーザーの飲料が減り、なおかつ少子化の取り組みを中埜酒造はどのように取り組むのかを訊ねてみました。
「当社は、この10年間に“酒質主義”の再強化を掲げ、従来の品質をさらに研ぎ澄ませることを優先しています。例えば、上撰クラスの品質は本醸造にグレードアップ。吟醸造りの特筆すべき新商品としては“國盛 彩華 大吟醸”という新商品を開発しました。高品質とリーズナブルな価格がご好評を頂いて、現在は600石ほどを出荷しています」
まだまだ伸びるでしょうと中埜社長が期待する彩華 大吟醸は、他社の大吟醸と差別化された“宅飲みで楽しめる、プレミアム品質”。この商品を開発するに至った背景には、特定名称酒の市場と商品についての緻密なマーケティングが存在します。

地元市場への商品開発

いわゆるマニアに人気が高い地方蔵元の吟醸酒を調査し、味わい、価格と品質について社内で徹底的に協議すると、國盛にとって優位な吟醸酒の市場が見えてきました。それはビギナーや若い世代の財布に優しい価格帯と、プレミアムな大吟醸を好むユーザーでも手に取る高品質を明確に打ち出すことでした。
「國盛のブランドは、ニッチな手造り吟醸の全国市場では認知されていません。拙速にそこへ挑むのではなく、我々の得意とする地元市場にお応えする大吟醸の魅力を、まずは追求したのです」
中埜社長が指示した商品開発に、中京地区の料理店グループや居酒屋チェーンと営業部がメニューとの相性を検討。これを生産部と昼夜を徹して練り上げ、三河の嗜好に合う味わいと品質に仕上げました。そして、テストマーケティングを繰り返しながら完成したのが、彩華 大吟醸でした。

現在展開しているマーケティング戦略への転機を、中埜社長はこう振り返ります。
「私が中埜酒造株式会社の母体であった丸中酒造株式会社へ入社したのは昭和52年(1977)ですが、新潟から来られた寺泊杜氏と蔵人が製造現場の中心を担っていました。いわゆる季節労働の職人の方たちと酒造現場を経験し、将来的な酒造りには装置設備と社員による酒造りが必定と判断したのです。その理由は、毎年、彼らがいなければ國盛の安定した品質が得られず、しかも季節職人の技術は会社の資産とはならないわけです」
この状況を続けていては、いつか大変な時代がやってくる。ただ造れば売れる時代は、もうすぐ終わる……そう予見した中埜社長は、業界に先駆けて社員制と革新的な酒造設備を導入しました。

職人作業を機械化する

当時、新潟からやって来る職人たちは、長年「國盛」の味を任せてきた信頼の置けるメンバーでしたが、いかん