水・米・技の紹介

桃川株式会社

全国新酒鑑評会 金賞35回、創意工夫の酒造りを貫くブレンダーの精神

全国新酒鑑評会 金賞35回、創意工夫の酒造りを貫くブレンダーの精神

日本酒の虜になるほど、「全国新酒鑑評会 金賞」を受賞した蔵元の酒に惹かれるもの。しかも通算35回の金賞を獲得する桃川の大吟醸、とくれば興味津々。その鉄人的な記録を打ち立てているのが、桃川株式会社の杜氏であり顧問の、小泉義雄(こいずみ よしお)氏です。

年輪を感じさせる穏やかな表情、恰幅のいい体躯からは、桃川の酒造りを25年にわたって統括してきたオーラが滲み出ています。あたかも、おいらせ町の白眉といった面差しの小泉杜氏は、むろん南部杜氏ですが、インタビューの開口一番、杜氏の酒造り流派の変化について語ってくれました。

「南部杜氏は、基本的に真面目で粘り強く、いい酒を造るためには仕込み段階の最後まで手を抜きません。その忍耐力と探求心が、昭和時代の半ばから全国の蔵元に南部杜氏流が拡大した理由です。しかし、日々、情報と設備が進化している現在は、杜氏流派にこだわらない傾向ですね。いかにして全国新酒鑑評会の金賞を獲るかに、ほとんどの蔵元は躍起になっています。つまり、エアコンで蔵の中を冷やし、サーマルタンクを導入すれば、できたての生原酒が、いつでも造れるわけです。しかし、私が大切にしたいのは、やはり、その地の恵みと環境が酒の味や質を決めるということ。このおいらせ町は、冬場の空気が澄み渡り、埃や雑菌も雪が吸収してくれます。さらに、八甲田山系の雪解け水のおいらせ伏流水は寒さで研ぎ澄まされ、長期低温発酵に格好の軟水となります。この厳しい寒さこそ、南部杜氏ならではの酒造りに最適なのです」

小泉杜氏いわく、おいらせ町の風土は麹作業の乾湿差においても優れ、冬に乾燥が続くおいらせ町だからこそ、麹菌が絶妙な破精込みとなると力説します。

小泉義雄(こいずみ よしお)杜氏
長期低温発酵に適した蔵環境
長期低温発酵に適した蔵環境

穏やかな東北訛りの小泉杜氏の声音には、親方的な高慢さを微塵も感じません。これほどの功績を持ちながら、謙虚な人となり。その理由は、桃川株式会社でのスタート時点に隠されています。

「私は工業高校の機械科出身で、転職して、昭和41年(1966年)に当社へ入社したのです。ですから、発酵学や醸造学を学んでいたわけではなく、まずは設備担当として勤務しました。ところが、当時は未納税酒(桶買い)があり、ブレンダーへ配置換えになったことから酒質分析や品質管理を習得したのです」

なるほど、全国各地からの成分値の異なる未納税移入酒を扱ったわけですから、統一した品質や味わいに調整する技術は必須。その修練が、杜氏に昇り詰める基礎となったのでしょう。

やがてブレンド部門の長になると、平成4年(1992)会社から東京都の滝野川にあった国税庁醸造試験場で研修を受けるよう命じられ、翌年には杜氏を任されました。前任者の杜氏が退職したため、急仕立てで抜擢されたと小泉杜氏は謙遜しますが、ブレンダー長を担った味覚の能力と、技術系出身の数値的な分析力が杜氏への道に繋がったのでしょう。

さて、銘酒「桃川」の水・米・技のこだわりについて、訊いてみましょう。

「仕込み水は、ドイツ硬度で1.5の弱アルカリ性の軟水です。奥入瀬川の伏流水で、250m掘削した井戸から汲み上げています。それと、酒母用の仕込み水は酵母菌の健全な増殖を図るためにミネラル分の多い別井戸の硬度8.0の水を使用しています」

いずれの水も、八甲田山系で天然濾過された清冽な水で、原料処理から仕込み水など、醸造用水としては一級品だと、小泉杜氏は自慢します。

そして酒造好適米も、青森県開発品種を取り入れています。山田錦と華吹雪の交配品種「華想い」はその一つで、評判が高く、在庫切れになる傾向とのこと。ふくよかな旨味を醸す上質の米として、今後も注力したいそうです。ただ、寒冷地の青森県産だけに、毎年の出来栄えが気になるところ。小泉杜氏は年々の入荷に際して米の品質を吟味し、原料処理や醗酵管理に細心の気配りをし、米の旨味を引き出す努力を怠らないそうです。

ブレンダーから杜氏へ抜擢
奥入瀬川の軟水で仕込む
米の品質ごとに、造り方を修正する

地元愛好家の好む晩酌のレギュラー酒、そして全国の市場を狙う特定名称酒を双肩にかつぐ小泉杜氏にとって理想的な酒を、単刀直入に答えてもらいましょう。

「求める酒質が異なりますから、晩酌の酒は肩肘を張らずに、スイスイと飲み飽きしない旨味。そして吟醸造りは、甘い辛いの評価以前に、口へ運んだ時に“いいなぁ”と思わず声が出るような、感動させる味ですね」

いずれにしても、最近のブームを意識した奇をてらう酒でなく、桃川の伝統と品質の上に立つ、旨さの真骨頂を追求する酒が小泉流のようです。その信念に付き従う蔵人の中には、10人以上の一級酒造技能士=杜氏が存在します。彼らを育て、ともに酒造りを司る秘訣とは、いかに。

「人も、米も、酵母も、千差万別の動きをします。ですから、さまざまな局面に適応できるデータを持っていなければ、毎年、均整の取れた美酒は醸せません。そのデータを活かすためには、常に基本を守って、丁寧に造ること。米を蒸すこと一つにおいても、当社のやり方には妥協がありません」

ありがちな甑にドンと米を盛って蒸す方法とちがい、桃川株式会社では、笊一枚ずつ米を張って蒸気を吹き上げては、また一枚という「抜き掛け」の方法を守っています。つまり、手間暇を惜しまない地道な仕事に徹することだと、小泉杜氏は明言します。

そして、データを駆使する酵母の使用としては、青森県が開発した香り系酵母「まほろば吟」と、ふくよか旨味を醸し出す自社培養した「桃川酵母」を合わせ、ダブル酵母として仕込みます。その大胆かつユニークな商品開発にも、ブレンダー出身の小泉杜氏の信念が垣間見えました。

余談ながら、桃川株式会社の蔵内には、社員が手作りした設備や道具がそこかしこに見られます。これは、機械工学出身の小泉杜氏が自分で考案し、修繕する癖が、いつしか社員にも浸透しているそうです。

「美味しい酒造りは、日々の創意工夫から始まるものです」

しめくくりも、自信に満ち溢れた小泉杜氏らしいひと言でした。

桃川株式会社の一級酒造技能士達(杜氏)
南部流の蒸し方「抜き掛け」で、手間暇を惜しまない