蔵主紹介

加賀の井酒造株式会社

ピンチをチャンスに変え、酒造りに賭ける日々

十八代目蔵元の小林大祐さんは1982年、江戸時代初期から酒造業を営む小林家の長男として誕生しました。周囲からは当然のように、「蔵の跡継ぎ」とみられていましたが、親から後を継ぐように言われた記憶は一度もなかったそうです。

第十八代蔵元の小林大祐(こばやし・だいすけ)さん

ではなぜ蔵に入ることになったのでしょう。きっかけを尋ねると「この家に生まれた宿命でしょうか。子供のころから周囲の人に跡継ぎと言われ続け、なんとなく将来は継がなくちゃいけないのかなと思っていました」と小林さん。大学も、東京農業大学の醸造科で学び、大学を卒業して一般企業に就職したのも束の間。経営的に厳しい状態だった実家から、「帰ってきてほしい」と連絡があり、蔵に戻ったのは22歳の時でした。
「蔵を継ぐからには、経営再建のために何かできることはないか」と考えた小林さんは、当時流行っていた香りの高いお酒にチャレンジ。ところが、当時の蔵の環境や方針とは合わないことがわかり、香りのあるタイプは一旦諦めることにしました。

置かれた環境の中で、よりよい酒質を追究する日々。そんな中、小林さんが34歳のときに糸魚川大火が発生し、蔵が全焼。絶望の中で芽生えたのが、「先祖代々続くこの地に、再起をかけた新しい蔵を建てよう」という熱い思いでした。その情熱と決意を胸に、小林さんは新蔵再建に向けて資金調達から新蔵の打ち合わせ、醸造機器の手配など、寝る間も惜しんで駆けずり回りました。そして新蔵が完成。全焼からの復活は、蔵の歴史上も、小林さんの人生にとっても、大きなターニングポイントとなったのです。
「新蔵は自分がイチから関わっているので、蔵への思い入れは、戻ってきたときとはくらべものにならないほど深くなりました」

蔵の焼け跡から出てきた酒瓶を手に語る小林大祐さん
しゃもじで放冷機の米をほぐす様子

現在は、酒質設計と営業を小林さんが担当。父の小林幹男さんが醸造責任者として現場を仕切っています。営業で酒販店を訪れたり日本酒のイベントに出店したりすることもある小林さんは、お酒の売り手や飲み手から直接意見を聞ける立場にあります。そこで得た情報を酒造りに活かすことも大切な仕事の一つです。

今でこそ、小林さんが蔵元という立場ですが、これまでにお父さまと喧嘩はなかったのでしょうか。
「昔はありましたよ。わたしが造りたいお酒を提案しても、“ダメだ”と断られたときや、日常のささいなことで意見の食い違いがあったときなど、しょっちゅうでした・笑。でも今はないです」ときっぱり。
「前の蔵では、父のほうが圧倒的に経験豊富で、私は叶わない部分が多かったですからね。でも、今の蔵での酒造りはお互いゼロからのスタートで、『とにかくいいお酒を造りたい』という目標は一緒。しかも、前の蔵ではできなかったチャレンジができるので、お互い意見交換をしながら酒造りを楽しんでいます」。

ともに 逆境を乗り越えた親子であり、師弟関係でもある2人。ともに楽しみながら切磋琢磨し、さらに高みを目指して醸す酒から、今後も目が離せません。

もろみタンク
蒸し米の状態を確認する小林幹男さんと大祐さん